デザインフェスタvol.62 御来場御礼、出展記録

日時 : 2025年 11月15,16日(土,日) 10時00分 〜 18時00分

会場 : 東京ビッグサイト国際展示場 西館1階 F-338


2年ぶり、10度目のデザインフェスタ出展。ジャンルを変更、初挑戦のライブペイント。きっかけは、写真最終個展の出展記録にも。ーーー「ライブペイントもぜひやってみてくださいね」と声音軽やかにおっしゃるスタッフの方の言葉に、「自分がライブペイント?ありうるのか?」と内心を駆けるひらめき。直観が湧くならば実現はできるのだろうと思う。新たな分野での出展第1回。ーーー

過去の制作物や書籍・写真集も携え、開催当日の場内撮影にも駆け回り、デザインフェスタ戦利品リポスト祭りにて発信、11月22,23日。そこから1か月強、出展記録の手書きと打ち起こしを終えてようやくの御礼とイベント終了。


<記事全体で3万3000字、所要目安60分>

目次

2025年11月25日(火)19時00分 Louisa天母 

 誠に長らくぶりに筆を、文筆を執る。今、真新しい22冊目のノートの1ページ目を使い始めている。

 前の21冊目、1ページ目は2024年11月4日で、最後の写真個展について。

 ・・・それだけ書かずに居られるようになった、ということか。代わりに絵筆を執り1年。本当に自分がデザインフェスタでライブペイントなどすることになろうとは、全く不思議なことだ。でも、突然の思いつきではない。ずっと撮って回ってきた分野。そして写真など始める前はいつもスケッチブックや自由帳を持ち歩く生命体だった。

 今回描き続けていて思い出した。ずっと忘れていた。

 描かなくなった時のことは良く覚えている。気が進まないが押して記すなら12歳の時、知らぬ間にサイトウ○○らに絵を盗み見られている場面に行き合ってから。それ以来、写実以外は手につかず、完成を見ないものばかりになった。賞も喜べず、情熱が別の回路をゆこうとしたのか、鍵盤や武道や語学や文筆、写真や旅で完全に比重を置き換えていたが、忘れることはなかった。

 きっかけはともかく、済んでみればやってみて良かった思い部分が大半だった。遅かったとも思わないし、もっと早く始めていればとも思わない。今書きたい言葉のひとつは、「技術は後からいくらでも高められる。でも目指すところ、据える動機を誤れば辿り着くところは天と地の差、文字通りに天へ至るか地を這うかの差になる」ということ。

 船の指針は僅かのずれでも別の大陸へ向かう。時を掛け、繰り返し行うことがもたらす結果・変化は大きい。無事初作品を仕上げた節目に、それが何の為に生み出されたか、その先がどこへ続いているのかを、反省し、見据えて、記しておきたい。

 ・・・制作が喜ばしかったかどうかということ。辛くとも、結局は喜ばしかった。1日30分描き進めるだけでも、取り掛かりには気が進まなかった。「描いて何の意味がある、誰が見るのだこんなもの」とまで、こころちゃんは毎分騒ぐ。それでも辿り着くべきところが明白に待ち受けていたので「続ける」という機能は身についた。2か月経って4倍、1日2時間に増やしても、別立ての基礎練習ありのまま続けられた。4か月経ち10月14日、170時間掛かって背景下絵が完成。静かな喜び安らぎがあった。

 ・・・せずにおれない、終われない、済ませられないことなのだろう。日記にひと言記して、二聖、人物像のデザインに掛かった。本当に引き出しが無い。空のミキサーを空回ししているような焦燥があったが、小さな課題を一つ一つ、済ませてゆくばかりであった。シルエット、表情、髪、服のしわ、手、月の満ち欠け、配置、ドレス、、、よくぞ10日で決着したものだ。本当に良い機会だった。そこからもう10日で二聖線画も完成、11月9日の日曜日、目標の1日遅れであった。

 その日の日記には「存在の芸術を極めたならば。もはや何にも焦がれずにいて良い。静寂。・・・それこそが目的の地、シャングリ・ラ。その他全ての渇望は、余計で無駄な回り道。一点に集中しよう」とあった。そうだ。本当に遂げたかったこと、遂げたいことは、一点に集中する心の完成だ。それは、完成すれば終わりなく続く集中を歩み続けるということ。それにはもはや辿り着くべき先も地点も目標も無い。永遠無限、覚悟そのものだ。それ以外に。覚悟より他に。この地上で目指すべきものなどない。ない。どれほど口先や解釈で求めても、実足に依らず辿り着くことは絶対にない。

 書き出しの2ページ目で、そのことに思い至る。当然すぎて忘れてしまう、その目的に。立ち返る。その為に使えるものは全て用いる。絵であろうと音楽であろうと、詩であろうと武であろうと旅であろうとも。マラソンでもじゃが芋の皮むきでも。使えるものを使い果たしてでも、その境地、極致に立つことこそが、人体の、人生の意義。

 今はまだ、没入と散漫、切り替えと取り掛かりに抵抗や波がある。他者の目に晒す重圧や技能の未熟、比較も。目標は、そういう物質的な反応を去ること。天に捧げるものを作ること。調和を体現すること。・・・その機会になるものは逃さず用いたい。「何のために生み出したのか」と問われれば、そういう美しさ、静けさ、安らかさを求めてのこと。今この筆を駆るのもそう。書かずにおれない経験に駆られてのことだ。

 ・・・恥に駆られて顔を隠したり、不安に駆られて身を縮めたり、欲望に駆られてモノを追ったり。虚栄に駆られて優越劣等一喜一憂することも。意欲に従い努めることや、理知に根差して探究することも、愛するものに心注ぐことも、喜び楽しさ至福に我を忘れることも。皆仕組みは同じだ。どれも動機と定めたものに、生命力を献げていること。

 ・・・制作期間中、併行して6か月チャレンジ、いろいろと生活習慣の向上に努めた。寝食の時間、避けるべき糧、デジタル機器、掃除、運動、節制等。以前から充分と思えるほど続けていたが、まだまだ精練できるのだと知る。そういった外的統制の効果が、日々3時間、4時間、5時間ずつの長期の制作の支えになった。内的動機は外的表現に表れる。欲も虚栄ももう追わずにいられる、追われずにいられるのだという状態が嬉しかった。授かった直観を、芸術的手段や日々の暮らし方で具現化していた。物質的な制限、動物的な制限や情動から、なるべく離れていることが円滑さをもたらした。はなから娯楽や大衆芸能ではないから、欲や虚栄に迎合するものを作らなくて良いのだった。

 さて作品の着想は、欧州巡礼の旅の途上で最も美しく感じたプラハの風景を、お見せできなかった方にもご覧いただければという思いから。というか自分もずっと見ていたい。見渡す全市世界遺産の絶景、流れるモルダウ川ヴルタヴァ川、カレル橋行き交う人々の楽しげな姿、その先の坂を登れば巨城プラハ城に、見上げて驚くゴシック聖堂聖ヴィート。建造600年に比すれば、半年240時間なんて可愛らしいのだ。堂内へ進み振り返れば無上の美、光を染め、堂内を染め、意識までも染め上げて褪せることのないあのバラ窓が、今でも心の内に輝いている。

 ーーー創世記、一章三節「神は光よ在れと言われた、すると光が在った」のとおりに。「それを見て善しとされた、喜びに入られた」ということ。天地創造の始まり、第1日を想起して創られたのだという。同じ堂内にアルフォンスミュシャの手掛けたステンドグラス、敷地内にはフランツカフカの暮らした一室。見下ろす城下街、流れる川にはスメタナを、暮れゆく夕日にはドヴォルザークを想わずにおれないーーーそんな素晴らしい光景を、描いて再び味わいたいとの願いで構想をし始めたのだった。

 美への献身・専念を象徴して芸術の女神ミューズを北に、信心の炎に焼かれた土地の偉人、プロテスタントの先駆ヤンフスを南に。時の流れを表す天才的な天文時計のプラネタリウム、月の満ち欠け、季節と農作業の移ろいを示す暦のカレンダリウムを、その二聖の後光に見立てて配し、足元には時や歴史あることの象徴に蔦、共生するドクダミを添える。時の芸術、音楽を生み出すイメージとして、『家路』の数フレーズを円環型の楽譜に仕立て、うねりや歪みを効かせたものと一緒に、ミューズの御手を借りる。

 背景にはプラハ一望、カレル橋から城へと、自然目線が。城の背後にもバラ窓を小さく、そしてプラハの背後、空や川にも見上げる構図の聖堂正面。・・・好きなものを全部詰め込んだのだった。絵には、好きなものを詰め込めるのだと知った。ただ、案として詰め込むだけならば誰にでも、いくらでも、好きなだけできる。問題は具現化だ。寿命を割くことだ。こんなに詰め込んで、自分が描くことになる。時を忘れて行いたいから、掛かる時間など度外視にあれもこれも詰めた。そうしなくては納得できないから。次に進めないから。いつまでも手放せないし、せずにいられる安堵に到達できない。そんな納得できないものの制作に寿命を注いでいる暇はないから、余計に時間が掛かるとしても、本当に喜べるものを選ばなくては集中できないのだろう。

 そして半年弱、6月8日~11月9日。230時間。毎日執る筆はこんなにも重いのだと知り、A3用紙100枚は1mmのペンではこのくらい掛かるのだと知る。これなら毎年1回2回はできるだろうと思う。それが大きな収穫だった。・・・3,4か月、毎日8時間掛かって書いた韻文旅行記に比べると気が楽だった。・・・「どれだけ掛かるか」分かることは、目標や計画を立てやすくする。分からないままでも、残りの時間と描くべき量とを割り算できるが、その”計算”に過ぎないものに、実足や、無い経験や、ゼロの技能が見合うかどうかは知らないままだった。あと割り算があやしかった。

 ・・・描きながら、あれこれの記憶が移ろい過ぎてゆく。

歩いたその街での経験、他にも巡り歩いた数々の土地。

この写真を展示の正面中央に配した最後の個展。件の旅行記第14歌。

出逢った人々。

「どこまで描いたら描き終わる?」という問いに「そりゃあ満足したらでしょう」と、同じ広さの画面を2日で、鉛筆一本振るうばかりで、遂げてしまうベテランの言葉。

この4倍もの巨大な画面を同じく2日で埋めてしまう方の絵。

離れて久しい地元の風景、それも何の特徴も無い道だの雑木だの。

 ・・・1日も欠かさず5か月間、壁にへばりつくように、拝むように、アタマを下げて乞うように描いていた。「絵は祈りを込めるようなものだと思っています」という、10年前のDFで行き合った絵描きの方の言葉を思い知った。美辞麗句でも何でもない、主観を通じてのみ「知」りうる真実だった。・・・それらの言葉や記憶を、描く以前から分けてもらっていて、携えていたのだと気づく。「見えなくなってしまうところでも描きたくて」とか、「絵を描く合間の休憩にも絵を描く」ほど絵を描いてしまう方の姿とか。自分の作ったものの全体が、巡り合った人や美しさや、働きや献身のおかげで出来ていた。写しだ。直観したものでさえその直観を与えられて初めて生み出せる。自ら生み出したと言えるところは少しも無い。・・・

 当初は音楽を大音量のヘッドフォンで聴きながら描いていたが、すぐにイヤフォンになり、後々洋書の音声版になり、雨音波音だけになり、それも飽きると200時間も経たないうちに何も聞かずに描き進めるのが常になった。最も多く、繰り返したのはどの曲だろう。主題に据えた『新世界より、家路』よりもカノンinD。ベートーヴェンの月光が突然理解できて長らく繰り返し。よあそびアンコール。Anthem。・・・「歌詞付きがつらい」と思い始めていたとしたら、かなり精神的な負担が募っていたということだろう。終わりが見え始めた頃、韻文25万字を綴り続けた時に似た心の燃え尽きを感じだしていた。姿勢の固着から首や関節にも疲れが出ていた。・・・きっとそう”願った”から。苦労や大儀に、誰かの労い労りを結びつけて、愛情を得ようとしたのかもしれない。次は無傷で余裕で遂げたい。しゃくしゃく遂げたい。

 ともかく無事に仕上がって、ひと息では足らぬ息をつく。一本締め、13時間眠った11月9日。一時帰国も近く、すぐにその絵の運搬・搬入方法を考える。買い物へ出ると丁度全寸包めるタオル、結束用バンド、ヨガマット用の肩ストラップを見つけて解決。考える必要も無し。11月11日、土産集めにあちこち巡り、空いた時間で配色計画、試し塗り。11月12日大忙しの日。講義5時間を準備して授け、配布物の印刷作業やファイリング、絵の切り離しと巻き取り、荷造り。出発前夜に無事運べそうと分かって安堵。寿命を迎えたブーツの代わりも丁度のサイズで見つけて購入。事の運びの良さが嬉しい。

 11月13日(水)、出発の朝。柔軟、まだ出回っている西瓜を朝食に、余った食材は無いか確認。このところの追い込みで買い置などはあらかた使ってしまっていた。バスを調べて時を待つ。ややあって出発、慣れない持ち物、長さのある作140cm。雨の止んだ朝、乗り換えたバスは桃園空港行き、30ほどの座席に自分と1名を乗せて走り出す。90分で空港着。事前に搭乗手続きを済ませていたが、長物を背にひと言訊きに行くと特殊荷預け、別カウンターで支払い、戻って紙の搭乗券を得、保安検査に実験がてら、ホルベインインク100mLとリキテックスリキッドひと瓶を忍ばせたがお咎め無し。すり抜けること微風そのまま、港内のホールを進む。久しぶりの帰国が、安らかに想われた。思い浮かぶあの場所この場所の景色が恋しかった。

 ゲート前、リクライニングの座席にiPad、未だに決まらぬ色ラフを続ける。1時間早い便に変更していたのだが台風で遅れること1時間。機内ですかさず税関申告書類を入力。曇天を突き抜ければ空色の空間、3時間に時差1時間、すっかり日の暮れた日本到着。あれこれの関所を抜けて、肌身離さず携えたかった絵の作を受け取りに。そんな時、不安がよぎる。桃園の、チェックインカウンターで荷を預けたが、特殊荷預けのカウンターがその荷の流れた先にある。通常の荷預け同様にそこで完了したものか、それとも再びひと手間手続きが必要だったのではないか・・・。去り際の職員が何かひと言「あちらです」と言った気がする。まさか台北に置き去られてはと思い始めると気が気でない。いよいよ乗った便の荷が流され出したが、受け取りも別の場所か。係に訊くと「そちらですよ」と久しぶりのネイティブ日本語に戸惑いつつ見つけた「特殊預け入れ荷物受け取りカウンター」に、今まさに愛しいそれが流れてきたところであった。なんだ何事もない。下絵無しでどうやって出展する気だ!などと悩んだ数分、想像力だけで血の気が引く思いをしていたというのに。

 何事もなかったように出口。ミクちゃん出迎えポスター。乗り過ごし気味のリムジンバスで東京駅、かにかまだけ買って食みつつ待つ電車1つ、実家着。夜は冷えた。Tシャツ1枚で出た台北から冬物コートの日本の気候。家犬。荷を上げ、荷解きの前にふた部屋掃除水拭き、ミントオイルとエタノール。日用の品を出して入浴柔軟、26時に床に就いた。ひやりとした夜気に温かい布団を懐かしく思いながら。

 11月14日(金)8時前、寝具を畳んで柔軟、掃除、荷物出し。途中で気になって手を伸ばした本棚から、座右の書、ParmanentSpot、アリギエリダンテ『神曲』地獄篇。第2歌、「帰りたいといとせちに願うところからやってきました」との節を確かめに。懐かしくとも無事に過ごせるものかは知れない日本。もと居た場所に留まっていることのほうが、余程気は楽だった。それが異国であろうともだ。挑戦しないほうが楽で、くつろげる。努めることに、上からとやかく口出ししておれば惨めも紛れるだろう。だがそれは疫病の如し。無視。

ざっくりと予定を立てると①荷造り7割、②食料調達と朝食、③土産の小分けに名刺印刷、④画材その他の備品の調達、⑤珈琲屋で最終確認と色ラフ完成、といったところ。まったく、1日で済ませようなどとは、10度目とはいえ初出展の分野で。海外組でも初めてで、予定に多少の無理がある。様々の都合をかなぐり捨てて出立するほかなかった。だからむしろ1日でも猶予のあることを活かすしかない。ない。万障お繰り合わせの上ご出展奉るほかない。包んだ荷を解き、また詰め始める。

当日、描きながらキャッシュレス決済の対応なぞできるのか分からないが、来て下さる方の利便のためならとPOSレジ端末を充電したが、フォンと接続できなかった。アプリを更新するともう端末不要で、フォンひとつでカード決済を受け付けられるようになった。またひとつ便利になってゆく。ハトメの残弾を確認、なんとか乗り切れる数。販売品の窓写真群、書籍群、ポストカードに什器やディスプレイ用具、買い物袋や文具、工具。レンタルの椅子の代わりに、焚き火で使っていたアウトドアチェア。これらをスーツケースに、30kg。宿泊用の服や洗面用具、手回り品や撮影機材、水や食料、差し入れや御礼の台湾土産、硬貨や紙幣の入ったケース、ウェットティッシュ、畳める小さなバックパックを、背負う大柄のバックパックに詰めて10kg。そして初めて持ち込む絵や筆、布切れ、霧吹き。肝心の絵の具やバケツ等を買ってこられればもう大丈夫だろう、と見通しが立ったところで手を止めて近所のスーパーへ。

②。ああ懐かしい近所の道。肌の引き締まる乾いた風の冷たさ爽やかさ、清々しさに映える青空。枯れ木が、思い返した街よりも、その実際の場所を広く感じさせる。公園の桜の木は真っ赤になっていて驚いてしまった。誰か塗ったのか!と思うほど、台湾の青々としたままの木々に慣れてしまっていた。ああ懐かしい近所のスーパー。きなこ、すりごま、ねりごま、ヨーグルト、豆乳、カマンベール、柿、ごまどうふが朝食用。カット野菜、舞茸椎茸、牛すじは昼食用。林檎、ナッツ、お魚ソーセージ、種なし梅干し、水は出展時の補給食。久しぶりの日本語、支払い方法は、などといわれてええと。

12時、朝食。昼食の下拵えも済ませて荷造りの続き、計4時間ほどか、9割方となったところで昼食、身支度をして駅へ駆け、乗った電車で息をつきつつ画材屋を探す。600円しか手元になかった日本円を補充し、画材屋、文具屋、その手の店や百円ショップをいくつかはしご。家を出て1時間も経つや経たぬやのうちに済んでしまった。絵の具選びに30分も掛かっていたのに。事の運びの良さが快い。・・・生まれて初めて絵の具を選んで初めて買った。写真インクならこれまでどれほど買ってきたやら。・・・リキテックスのレギュラー36色とベーシックスの三原色にメタリックの金と黒、そして白。ついでの万年筆インクには何の思考もなしに済むのに、慣れない絵の具選びは経験も無し、選びようがないのだった。試してみるしかないよね。よく考えてもイチかバチかを通るほかない。それも楽しさ喜ばしさの一部分。

さてバケツを手に持って帰る。帰宅の時間帯、日本名物、駅で走る人をこんどは見る手に回って、どうしたものか思いのほか早く済んだのでじゃあやっぱりとひと駅手前で降り、長らく振りの、いつもの珈琲屋のあの席へ。長らく振りに、いつもの感じを味わう。帰国前から移動に忙しくて書けていなかった手帳のログを、「そんな暇はあるのかどうか」と思いながらも記しておくこと1時間弱。いつもの日課を済ませておけることのヒーリング効果を信じて。330日振りの帰国を、少しばかり味わう時間に。控えていた抹茶ラテで。

・・・それも済めば、最後まで残っているのは配色計画、色ラフ。これも初めての経験で、考えようにも浮かぶものがない。試してみるほかなく、むやみにあれこれと塗っては消し消しては戻し・・・欲しいと願う”経験”を今まさに、その足で踏み通して得る以外ない明瞭さ。その中で、好ましいもの、ましなもの、調和したものを探っていった。「これだ」という色になったものの「その部分ではなくてこの部分に使いたいのに」という、技能不足の不都合、歯がゆさを解決するための時の余裕もなし。

20時、略儀に再現したそれを見て善しとし、長らく振りの、いつもの帰り道を歩いて帰った。期待と不安と懐かしさの安堵が入り混じる、不思議な心持ちであった。いわしの缶は夕食用。豆腐、チーズ、豆乳、ヨーグルト。1年以上も前に買った、寝付きを良くするとかいう飲料をひと息に飲んで、詰め終えた荷を玄関に下ろし、入浴、柔軟、翌朝の分も済ませ、色ラフを印刷、忘れていた霧吹きを入れたら荷物の最終チェック、出展者パスよし。

最後の最後に往路でタクシーを使おうと、インドエジプト以来のUberで配車。朝の3時に来て頂けるのやら不安もありつつ、目元を冷やすアイマスクを貼って床に就く22時半。台北なら21時半で、眠れる気はしないまま数十分、身体を休めた。

 11月15日(土)、気づけば3時、眠ってはいた。服・荷・身支度。ごまきなこ豆乳ヨーグルトの朝食。まったく食べたいという気にならないが、少し温めて。3時半、タクシーが家の前に。ご挨拶をして大荷物46kg分を載せ、20分ほど世間話に花。電車で会場へ向かう。重い荷を引く、押す、足で段差を越えさせるなど。到着寸前、ドアが開くよりも早くお魚ソーセージを1本、美しく鮮やかに喫し降り立つ国際展示場前は朝焼けの頃、流れる雲の間に二十五の月、六の月。真っ直ぐ向こうに▼▼を望む広場で荷を据えて1枚写真を撮ると丁度開場6時であった。▼▼を見上げて1枚、入場ゲートにパスを掲げて1枚、アトリウムを見下ろす3本エレベーターを降りつつ1枚、右手に現れた次回開催DF63の告知を1枚。自ブースに着く。人はまだほとんどおらず、パネルや備品設置を終えて引き上げようとする従業員の方々くらい。荷を置いて1枚。パネルの表裏と、反対側で出展される方への影響などを確かめておく。

 そして荷解き、設営を開始した。毎度何から手を付けてよいやら慣れないものだが、今回は焚き火の準備と同じ、アウトドア用の椅子の組み立てから。その後は道中にメモしておいた手順を思い返しながら、一番大事な用から済ませる。携えた絵に、現地でハトメ打ち。自分の性格なら必ず事前に済ませておくのに、台北では合うハトメを見つけられず、日本でも時が足らず仕方なし。巻かれた3枚を広げ、背景を2つ折りにし、そこにもう2枚を重ねて一度に穴開け。心が急く。採寸が甘くないかと気になりつつも進めるしかなかった。6時20分~7時20分でハトメ打ちが完了、16か所。表裏を誤ったり、打ち具から金具が抜けなくなるなどして焦ったり。そこからピン打ちに40分。反対側の出展者の方にご挨拶して事情を告げる。小柄でお静か、おっとりとした印象のお返事を受け互いの健闘を祈り、取り掛かる。背景を2つ折りのまま、壁の中央に来る部分を先ずテープで仮留め、端に一本目のピン。最小限の手かずと衝撃でと気を遣った。この背景、高さ2.4m分あり、1人では扱いにくい。30cmほどは床の養生を兼ねた寸法。幅も3.6mで、水平であることを願って設置するばかり。4本ピンを打ち、折り畳んだところを広げて反対側の端を打つ。計8本、ぴんと画面が広がるように打ち直して完了。左袖の壁に新エンブレム、モノクロ調。配布物の拡大版や小窓のペンダントを掲げる。初めて使ったひっつき虫。マステでも良いかなと思いつつ。ローテーブルを黒布で覆い、販売品をレイアウト。遊び心で携えたブックパッカーも1部。ポップを木製クリップで留め、新たなポップをその場で書いた。この辺は毎度同様で迷いはない。空いたところに画材を並べる。パレットカップ、筆、絵の具、布切れ、霧吹きにナッツや林檎やソーセージまで一緒になって。腰丈のテーブルには配布物やお釣りトレー、記帳簿、写真集を置き、脚にS字フック、買い物袋の束を吊り、ごみ袋分もひと袋掛け、周囲を白い布で覆って荷や飲み水をその下に。仕上げに鞄や箱を片付けてテーブルの下、実に収まりの良い高さで食料や機材やコインケースが目に付かずとも取り出しやすい。そしてこの片付けが済んでしまえば気づかぬうちに準備は完了、もう開幕を待つばかりになる。

 ・・・そのさなかになおさんがお立ち寄り下さった。思わず抱擁、1年前、手術後間もなくという頃に無理を押して原宿まで展示を観に来て下さって以来だった。「ああこれに描くんだね」と張り出した下絵のフィルムをひと撫でご覧下さるのだった。「色が載るのやらまだ分かりませんが、試してみます。初めてのライブペイント、一緒の会場で出来るなんて本当に嬉しい、光栄です」「近くに仲間がたくさんいて安心しました。ガンバりましょう!」「はい!」数度の抱擁。本当に不思議だ。十数年来見てきた背中、観てきた絵を生むその人が、同じエリアで、ほんの十数メートル先で出展される。逆だ。自分がそこに割って入って肩を並べて己のブースに筆や絵の具を並べているのだ。一番のきっかけが、その描かれる絵と描かれる姿と描き続けておられること自体。十数年も前に、向けたカメラに振り向きピースサインを下さった姿をずっと覚えている。・・・ずっと描いている熱意が、自分を独りにしないでくださるのだった。お声掛けを励みに準備を続けた。(その後

 同じく準備中に、DF60以来の再会、絵描きのせきさんがお越しに。「ちゃんと眠れましたか?!」「はい手伝いですので!」しかしそのご友人がまだ来ておらず連絡も取れず「それでひとまず挨拶回りに」とのお話。「そうでしたかありがとうございます、台湾から戻りまして。ライブペイント第1回に挑戦します」用意していたお土産を。この時期にばかり互いのタイムラインで近況を汲み取り、出展はされないがご来場のご予定と知っていて、ここぞとばかりに創作談議や近況をやりとりする。大切な、活力、エネルギーの送り合い貰い合いだった。丹精な描き込みをされる方で、前回拝見したアナログ原画の人物、瞳には釘付けになったままもう今。心を射られるような視線、眼力に生命が宿っているごとく感じたのだった。その経験を励みに描き込んだ背景。「やべえ塗り絵」「いやそっちこそ」不思議な縁に鼓舞されている。ご無理のないよう健勝を願って別れる。(その後

 斜め向かいには初出展というなぽちかさんが、滋賀から遙々お越しになったそう。立体作をブースの前で、という初めて見る形式。プラハの下絵をご覧になると「もしかしてこの街は!」と色めき立つご様子、なんとチェコにお住まいだったことがおありだという。机に積んだ写真集の表紙は滋賀、互いに初出展同士、不思議な縁に勇気をもらう。

 先ほど朝の挨拶をしたお向かい様が下絵を描き始める。秒で気づくうぐいすあんさん、うぐあん先生!まさかの特等席!!ひと段落したところでプラハをご覧下さって、「既にかっこいいですね」とお声掛けくださった。返す言葉が「いつも撮らせていただいております」「ええ、ああ、ん!?」「朝『釘落ちてますねー』みたいな話をしたのに気づいておりませんでした・・」などと釈明。今回もWUTOさんとコラボでご出展されるそう。こんな嬉しい初出展。やってみるものだ。

 そして気づけば向こう三軒両隣、十年前から見知った絵柄の画家・作家。続けるというのは、こういうことなのだろうと思う。互いに。そんな嬉しい環境に、人生で10回目、20日間ブースを構えていることになる。来場やギャラリー出展も含めれば倍以上。開幕のアナウンス流れる10時、その4か国語4名様も話した相手、個展を観に来てくれた人々、不思議な縁。そんな場所にまた戻ってこられたことが嬉しい。

 さて以前ならあとは感慨に浸っておれば良かったのだが、今回はライブペイント。ここからだった。本当に、引き出しがない。まったく何をしてよいか分からないまま、持ってきた道具を手に持つ。「これなのか?」「これなのか?」と持ってから考えるが分からない。アタマには、何も生み出せないと思い知る。ままよと赤に黄を混ぜる。やってみてから「黄に赤を」の順がよかったろうにと黄を増やしていく。それらしい筆と、パレット代わりの小鉢を持ち、印刷してきた第1色ラフを腕に貼り付け着色開始。ああ失敗した。色ラフ3枚、左右反転するのを忘れた。アタマの中で鏡に映してやるほかない。ラフの右端を見ながら、壁の左側を塗っていく。着色作業はシートの裏に、線画が消えないように塗る算段だった。いや、それも結局間際まで悩んだことで、決めきれなかった。ビニルの面にも絵の具が載るやら、しかも垂直な面に対して、心配だったがこれは無事。塗り進めてゆく屋根、壁、陰った部分や木々、人、石橋、銅像、その他。ひたすら線を描き続けた日々が想われる。高い位置は立って、中間辺りは椅子に掛け、低いところは床に膝して。・・・意図せず生まれる濃淡や彩度、色味の違いが美しかった。写真でしてきた表現同様、色の光と壁の白が眼に届く。それを今、自ら手ずから生んでいる。その最中、創造の過程。ずっとこの会場で、見る側で、楽しそうだと憧れ続けたそれをしていた。「何故自分が絵の具を溶いているんだ!」という疑問には。このたのしろさこそ答えだった。考えても、味わえないことだ。そして、まるでそれに応じるように、しきりに聞こえる「何これ!」「スゲー!」「キレー!」「ハア?!」の声。行き来するお客様方が増してゆく頃。

 ・・・200時間以上も描いていて、それ自体も報酬だったろうが、「わざわざ場を借りて見せてみても誰の目にもとまらず、心打たないものであったら」とは、全くよぎらない訳ではなかった。”己独りの好きや楽しい”だけでは、やはり人間にはできないことだろう。進捗や完成のフィードバック、上達や成長のフィードバック、そして己ひとり分以上の喜びや励みや感動となることのフィードバック。・・・今の今まで誰にも何も、見せず、明かさず、独り黙々黙々黙々準備していたものだったので、初めて人に絵画の作を見せる日だった。「これはどのように・・・?」「あれです。ビニール傘にマッキーと同じ組み合わせです」「ステンドグラスみたい・・」「そうですこことかステンドグラスです」「プラハですか?!住んでいました!」「そうですようこそお帰りなさい」「写真を撮っても?」「はいもちろんです!(Wピース)」

 ポストカードや窓写真がいくつか売れ出し、配布物に心付けして下さる方々も。物販を、セルフサービスぶた貯金箱塩対応にしようかと悩んだのだが、「目の前の生命体が作ったものだ」と知って迎える品かどうかの差は大きいし、「なぜ作られたか」「どう作ったか」をその場で訊ける良さがこのイベントらしいとも思う。お客様方それぞれの反応に応じて、撮影地に加えてどんな旅の途中だったかとか、どんないきさつであったかとか、時季時間帯などを告げたりする。「これは上海、それはNY、これは近所の公園の花。これはルーヴルじゃなくて島根の1年計れる砂時計」とか。これは写真で出展している時にすることで、筆を放ってしていてよいかは分からないまま、話し込んで絵の具や筆が乾いてしまうということもあった。それでもなるべく、買われたモノ以上になればと思って話した。

 そんなこんな、口を動かし手を動かし、両方動かしたりしているところにお声掛け下さったのは、なんとおすしまださん!え!?わざわざお越し下さったのかと驚き喜び、不意のことでわおわお言いながら初対面、初めて聞くお声にご挨拶をするが、後ろ姿や絵柄は7年も前から知っているし、文面でもとても心に残る労いを下さった方。誠に形容しがたい間柄のまま親近感を持つという不思議な縁。「台湾から一時帰国でと知って、絶対会いたかったので行くしかないと思って!!」と御足労下さったという。とても有り難いことだった。・・・ほんの二言三言のやりとりがその後の支えになっていたから、見てもらうこと見せてもらうこと、ひと言でも交わすことの影響は偉大だ。去年節目のDF60に、ギャラリーから招待券をもらったので撮り回った。58を最後にと思っていたので、もう展示に戻ることはないのだろうと思うと複雑だったが、思う存分撮り回れるのも良い機会。後日1600枚超を選り分け宛名を探し、タイムラインに流してゆくと、たくさんの方お返事を下さった。そのお一人がおすしまださんで、数多く記録を共有する手間や意義まで労って下さったのだった。自分自身も徹頭徹尾自分のためにと努めて思うようにしていたけれど、なるほど、より広い文脈にもその甲斐があったことを教えられた。大昔のお写真をお送りしてもうひと騒ぎ。・・・「そんな会話まで楽しかったですよね」と、覚えていて下さった。ようやく直の御礼ができたのだった。「それにしてもどうやってライブペイントするんだろう、勝負の仕方が見えなくて気になっていました」「自分もです笑」どうすれば良いのやら、絵の具を買ってまだ1日も経っていない。そんな中応援に来て下さる方がいることは有り難かった。数度の抱擁、なんと写真集をお求め下さった。ありがとうございます。個展をされるとの報、写真を使ってとのお話で、自分も初めて個展をしたのと同じ部屋で。「是非また、今度は一緒の出展を」と御礼を告げて別れた。活力を得て再び、橙色の続きに取り組む。

 「水はこういうときに使うのか?」とか「水が多すぎるとこうなるのか」とか、左右の間違った色ラフに苦戦しながら進める。見回す大手はどこも余裕があるふうで、真っ白だった壁に早くも見応えを与えている、開幕からほんの2,3時間後。お魚ソーセージ3。残弾25%。忍び寄る、お客様のフリをした大ペインターのにんじんやさん!びっくりした。びっくりあうあういわしていると「どうぞ!」と素敵な差し入れまでお持ち下さる。見慣れた絵柄のステッカー付き、中身はひと目でベテランと分かる心遣いの品々、いたく感心している間に颯爽とご高覧下さり、励まして下さって、人の流れに乗って彼方へ。なんというか、突如駆け抜けるスーパーカー。辺境田舎のガススタンドに、むしろ燃料を注ぎに来て去るごとし。・・・2年前も、1年前も、巨大ライブペイントをされていて、会場ごとにんじん風味100にしてしまうパワー、その場でリクエストしたカモメを生み出してしまう熟練、真っ直ぐ楽しさ喜ばしさを表現できてしまう素直さに毎度感心してしまう方であった。帰国の度に、部屋で迎えてくれる原画のスマイル。7年前のDF48でも、実は描かれた作に行き合っていて、続けることや縁の妙味が想われる。「見て下さっていて心強かったです」と、以前頂いた言葉を今度は自分が味わった。並みの心強さではないそれ。勇んでにんじん色を塗り続けた。御礼を後日

 14時、いつ切り上げて良いものかと悩み出したところが第一色の塗り終わり。これは良い!三歩下がって眺めるプラハに一色の濃淡が臨場感を与えている。カメラできちんと撮っておけば良かったのだが、不慣れに焦り気が回らず。そこに現れた運営、中国語アナウンス担当のギャラリースタッフGlory!びっくりした。生きている。起きて歩いている。「Oh my好久不見啊!」「来ました、すっごいね~~!!很好啊~!」「眠ったか」「”まだ”眠ってない笑」「笑、辛苦了お疲れ様、ライブペイントをしてみたよ」「すごい漂亮」「要不要鳳梨酥和茶嗎」「いいよいいよお気持ちだけ」1年前、個展に突如再来し、DF60の招待券をくれた台湾人スタッフで、台北では最寄り駅まで一緒であったという奇縁。自身でも抽象画を制作して展示やグループ展などしている激務のスタッフ。常連ペインターの作を見て回っていたそうだ。出展する度に生きているやら、勤めているやら気に掛かる相手だった。ひと目ひと言交わせて良かった。ひと安心、自愛をとくれぐれも伝えて、次の色に取り掛かった。

 本当にまだどう進めて良いか分からず。作としてはここで仕舞いにしたほうが良かったかもしれないが、失敗してでも学びの得られる機会にしようと、1時間半。城の背のバラ窓と、街の背後のバラ窓を、虹色の円で塗ってゆく。建物に施した絵の具の濃さのままに進めてしまって、透過光をほんのりと色づける程度のイメージから大幅に外れてしまった。安易に多色を用いて目に騒がしい印象に。窓の模様に合わせて配色している時間もないだろうからと、ちぐはぐな感に妥協。虹の外は霧吹きや多めの水で薄く色を伸ばしていくと思い通りの印象に。なるほどこれだけでいいのか、と学びを得る。

 そんな苦心のさなかにも、なるべく足を止めて下さっている方々のほうを向いて応対しているとおひとり、旅行がお好きだという方が。どんな話のいきさつだったろうか、「いま仕事を辞めようかと悩んでいて、、旅に出られたきっかけは何だったのですか?」と切実な問いを受ける。それにこそ、我こそは、答えられなくてはならない役だと思う。そして、アタマや口先では本当に願っている答えを返すことはできないというのが結論。「考えるほど”ノー”になります」としか応じられない。だからこそ書物や展示に傾注していて、血のかよった応えになることを願っていて、この日巡り合ったのだと思う。「本など読まれますか?」と、一番の足掛かりに旅日記類を紹介するも「ぜんっんぜん読まないんですけど、、、」とのお返事で大笑い。代わりに窓写真、プラハの上流、古都チェスキークルムロフ。ワンコインの品にお札を差し出され、「お釣りは構いませんから」とのご厚意、驚いて是非もうひとつお持ち下さいと勧めたが遠慮下さり、心付けに。配布用の読み物をお渡しした。こういった巡り合わせが、何かのきっかけになるのだろう。互いの存在、人となり以上に、影響をもつものはない。武運を。

 さて困った15時半。反転させて完成するものだから、こちら側から色を重ねても修正はできず、向こう側に塗ってしまうと線が消えたり隠れたり。・・・毎度携える林檎をさくさくいわしながら、どうしたものかと考える。久しぶりの、1年ぶりの日本で食べる林檎がものすごく甘く感じてたまげていた。「もういいや撮りに回ろう」とカメラ、差し入れの台湾土産を持って歩く。F→A→Oエリア、西と南の各エリアに点在する巨大ライブペイントを撮影。16時30分か、17時か、、、たぶんきっと、、、戻ろうと思いながら初日が閉幕して尚撮り回っていた。10年近くも知った方、ここ数年で知った方、初めて拝見する方、交流のある方、二言三言話した方や眺めるばかりの方々などなど。おひと方、勇気を出して差し入れ、ぐらり先生。7年前にひっそりと描かれていた絵にひと目惚れして、ブースをほったらかしに何度も撮りに行った回から6年、去年。ご出展中とも存じないまま「この絵はまさかッ!」と行き合い沸き立った回。今回は会期が近くなるにつけ、TLをのぞき見のぞき見、「あわよくば一堂であわよくば一堂で・・」とストーキング。告知もなさらぬまま真近になって「ブース決まりました」の報!でもDFか分からず!更に近付き、そうと知る、初挑戦の回、同じ会場でご出展されるとの激報。会場対極、端同士、一番遠い場所。絵柄が好きすぎて寄せたのだった。7年前にも頂戴したポストカードもまた買う。ひと言の応援でおいとま。感慨深い思いであった・・・。あの回もあの回も、行き合っていなかったなら、自ら出展していたか分からない、そんな作家のおひとりである。場の成す縁の妙味を想う。(翌日

 もうおひとり、同列の反対端には写真初個展の頃から知った中、士さんが、今度も変わらず鉛筆一本腕一本でシヴァ・ガネーシャを生み出していた。「ちゃんと食べましたか?」が、我が身にも問うかのごとき合い言葉。「皆訊いて下さるので」とお元気そうだし余裕が漂う。魚肉、梅干し、林檎では出せない余裕なのか。慣れているとこんな装備のシンプルさで戦えるのか・・・と感嘆するほどだった。毎度、膝丈ほどもない脚立を腰掛けに鉛筆を振るうのみで、あの巨壁の前に居られるものなのか、、と今回試してみて殊更に謎が深まる。禅だね?あの白い壁を遮るものが置かれていないシンプルさが、描かれる作や描くお姿を際立たせていたのだとやっと知った。・・自分も、そういう表現が好きで、追い求めていたはずなのだが。230時間も掛かるわ46kgも物持ち込むわで、なんか全然ちがくない?という。それこそ腕というものでございますね。内に備えたものの顕現。外に集めて携えたものではなく。「2年前、ブースに念を残して以来ですね」「ええ、エレベーター下ミニライペでも気を受け取って以来です」。それは「以来」なのだ。互いの表現同士で交流したなら、擦れ違いすら正面衝突だ。そして、鉛筆一本で創り出してしまう士さんの姿を知っていたからこそ、マッキー1本でも作ってみようと思えてここに来られた。昔訊いた「いつ描き終わるんですか?」の答えに下さった「そりゃあ満足したらでしょう」との言葉も、終始励みだった。経験の無い身で、どこまで描き込めば終えて良いのか分からないことが多々あった。でも、そうか「ここは充分描いて味わった」と思えれば良いのだと、この上なく明朗で単純な指針。それをずっと以前に持たせて下さっていたのだと、繰り返し知る。禅だね?曼荼羅模様も意識して描いた。街の背に、城の背に、二聖の背に。「気の流れじゃ」「気の流れでございますね!」そんな流れの上でまた互い行き合うことだろうと楽しみに思う。

 ・・・撮り回っていて振り向くとせきさんとご友人のブースに行き着く。「おお、ご無事で到着されたんですね!」とひと安心、並ぶ作は見たことのある海老の着せ替え人形。字面からして面白いのだが、手に取って見せて頂くと尚面白い、知育遊具とジョークグッズとも思えるようなそれ。(20日も経つのに書きながらにやりと口角を上げさせる。)頭を取り、殻を外そうと並ぶホックがまるでそのもの。つるり美しい身に、今度は衣を着せれば天ぷら。フライや生春巻きもあるとかないとか・・・。ひとつひとつの所作に吹き出してギャハギャハ、料理とも人形の世話ともつかぬ、あらたな時空を観測するのであった。こういう謎めいた出会いも魅力だ。

 ライブペイントで気になったのは3年振りに見た原色ネオンのソーマさんや、Yanagiさん。背景に何やら、文字の並んだニュース記事のようなものを、貼って剥がしたような跡。全ての作には座標を示す数値。内的経験から外部に生み出されることを表現されていて、作者の思考や心情や制作中に思い浮かんだことが、作に影響を与えていること。同じテーマや背景で描いた作などは近い座標にあり、いずれデータ上でマップを作って辿れるようにしたいとの意図。とても面白い。お話を伺って良かったと思う。こういった興味を惹く作に出会えてしまうので、長くもなる。ブースに戻れば初日が終わって30分も過ぎていた。

 左の位置で巨大ライブペイントをされていたお赤飯さんにご挨拶、直にお話しするのは初めてだったが、随分前から知っていたから不思議に思う。「お客様達、皆さん驚いて観てゆかれるんですよ。とても珍しい展示の仕方ですね」との励ましを頂く。「ありがとうございます。毎度巨作を見せて戴いていたのが励みで」華麗なドレスが絵の具で彩られてしまっているのを毎度拝見していたのだが、「その時使った色が記念に残るんです」とのお話、「なるほどそこまで見越しておられるとは!」と膝打つ思い。「明日はコラボライブでご迷惑をお掛けします」「いえいえどうぞお楽しみ下さい」。

 ・・・お仲間らしい、きそらのあさんが通りがかりにご覧下さった。驚いた。互いの個展を行き来し、互いの作を持つ同士。彼に倣ってインクも使って彩色していた。全く思い通りにならない難しさを知ってから会うとまた敬意が深まるのであった。遠慮下さったが是非にと台湾土産を。

 ・・・そんなこんなの1日目、出展者の方々もお帰りの波に。なおさんが再びお声掛け下さった。もう互いに疲れ果てていて言葉少なであった。それこそ共有すべき、言うまでもない、尽力、傾注への賞賛だった。「お疲れ様でした」「ありがとうございます。今日は安易に虹色を濃くして散らかりました。明日立て直したいと思います」抱擁、お気をつけてと告げて別れる。(翌日

 そこからもうひと息、薄く伸ばした色を、本来付けたかった光の表現を画面左右に。19時も過ぎてひと気も僅か。筆を洗い、貴重品や宿泊に要るものなどを小さな鞄に。片付け、販売品は白い布で覆う。振り返る作を写真に撮る。もうあとひと息塗って反転させて帰りたかったが、明日にする(翌朝4時間掛かった)。ご近所の作を一瞥しながらがらんと広い会場を後に。手に残る絵の具が、厭わしくも愛おしい。ーーー実家の部屋に鍵盤を入れ直してから特に、指の汚れを気にすることが多かったのだが、まるで珍しい景色のように受け容れられる。ーーー入り口奥のコンビニで補給。豆乳、千切りキャベツ、千切りキャベツ、鶏、鶏、鶏。思考力の低下か。「おしぼりは2つでよろしいですか?」「はいっありがとうございますう💖」一人前ですすみません。館内の照明が消えて20時。冷たい風吹く▼▼下のテーブルで冷たい豆乳、キャベツ、鶏。糧と利便に感謝。20時半から▼▼を彩るプロジェクションマッピングを撮ってしばらく、宿へ向け夜の海辺をてくてくいわした。お越し下さった方、行き合った作、至らぬ己の技量や作が思われた。

 宿では直ぐには身支度できず、ベッドにぐったり数十分。いいかげんにと最後の力でシャワーと柔軟、翌朝分まで。水を買い、朝の予定や配色等の手順を考え、24時頃眠りについた。ーーー

 11月16日(日)4時50分、身支度、荷まとめ、気乗りのしない朝食も手を合わせて食む。豆乳、みそ汁、笹かまぼこ、柿。チーズや玉子のサラダ、水2Lを携え、6時着で会場へ。▼▼遠くに朝陽の気配、色づく空の青と橙、下弦の月が見上げる高さで輝いている。開場を待つ数分。一番乗りで入場、ひと気の無いFエリアで制作再開。薄青で画面両袖を淡く仕上げた6時半過ぎには、反対側の白沢描き様がお出でになって「お早いですね」と驚く。ピンの打ちで直しでご迷惑にならぬようにと思っていたが、鼓舞と思ってもらうしかない。そこから誰も通らぬ会場でぽつんと2人、1つ壁を挟んで筆を走らせる。その音ばかりが響く会場、全く不思議な時間であった。

 7時、左右の反転を戻し、華美に過ぎる色の上から、線画も気にせず黒系、グラファイトを試しに広げる。どうやらましになりそうだと感じて、安心少々、食欲が湧いたので笹かま、カマンベール、玉子。ナッツは噛み下している時間も心の余裕もない。自販機で美味しくないラテを買い、流し込むにも面倒になり。上から黒を2,3時間、お越しになるご出展の方と挨拶を交わしつつ、修正を急いだ。昨日声を掛けた方がわざわざ来て下さったりとありがたい。

 10時、2日目開幕のアナウンス。上から金色を追って広げる。下がった明度を上げようとして。1時間弱、もうこれ以上は手を打てないと諦観し、10時半、昨晩遂げておきたかった二聖の設置。そこにお隣、草介組画廊の草介さんがご到着。「7時半に来ようと思って起きたら7時半でした」とのこと、大笑い。「アメちゃんどうぞ」「どちらのものです?」「深圳から」「へえ!よければ干し梅干しどうぞ!台湾のものです」「紹興酒に入れると美味しいんだよね」「へえ!」「枝豆せんべいとベトナムコーヒーもどうぞ」「ありがとうございます!茶菓子と御茶も良ければ」「3倍になって返ってきた!台湾には珍しいコーヒーは?」「有りますね、台湾でも作れるみたいで」そんなこんなの旅話に写真の話、御茶の話を隣同士、壁袖を挟んでガハガハ言いつつ描いたのは良い思い出に。かつてはフィルムで、バックパックで、あちこち回られ、今描いているプラハも旅され、「この建物の窓からオヤジが裸で見下ろしてたんだよ、何してるんだ?って不思議だったよ」とか「あちこちで色々飲んでみるんだけど、結局帰ると日本茶うんめええ!ってなるのよね」とか。わざわざ時間を割いて拙作写真集を見て下さって、売るための作と作りたい作の違うことなどをお話しした。以前まではお名前と絵柄しか存じない方だったが、様々の歴史を有する一作家、血のかよった出展者のおひとりなのだと実感するのだった。

 さて第3色ラフを手に、反転状態で設置した二聖の彩色に掛かる。掛かろうという時。びっくら仰天のお客様が。4度の個展に4度とも御花をお贈り下さった写真勢ベテランのM.ISONOさん。絵の具を放って飛び上がり、飛び付き抱擁。「だだだだだ大丈夫なんですか!!」と驚き喜び拭いきれない心配その他が入り混じった思いで訊いた。「まあぼちぼちね」と関西弁の関西勢、遠路遙々関東という所へお出掛けに。

・・・何よりの気掛かりは丁度1年前のこの頃。終えて間もない私の個展にまで来て下さった御礼をすると、「DF60遊びに行きますんで、夜にでも飲みに行きましょう」と誘って下さっていたのだが、数日経って大病の報、もうこの先歩けるのか話せるのかとも分からぬと覚悟するような名のそれであった。1年。まさかお出でになろうとはという驚き、その足で立ち歩いておられることへの安堵と驚き、「もしかしたら」と「いやまさか」のこもごもの予期の為に感じたことのない何かを味わう。リハビリの数ポストやDF61に来場されたらしいとのことは知ってはいたが、一見に如かずである。

・・・生きて再び言葉交わせることの有難みが。現実の、実体験の、平然とした当たり前さに溶け込んでしまうのを、やましくすら思う。どう言葉を継いでよいやら分かりかねて、先ずは只嬉しく思おうとした。鞄に付けられた赤地に白十字(ヘルプマーク)のタグ、頼りなげに細った足元、以前より僅かにゆっくりとした声。それでも喜ばしかった。最後の個展に添えて下さった御花の御礼がまだであったから。そして再び、別の形で戻ってこられた感慨を分け合える、ほんの数名のうちのおひとりに、絵画の初作をお見せできたから。・・・本当に、不慣れの展示もするものだ。尚早にも早計にもだ。

「歩くには歩けるんやけどね、なんかちょっと急ごうとか小走りしようしても足が出んのよね。車もないと話にならんから、公安行ってよ。なんやかんや検査して許可もらってね」「それだけだって大変だろうにまあ・・」「あと1時間病院着くんが遅かったら死んでたって」「えええええ!!!」「薬で何とか生きとってんけどね、お医者さんの話では10年後生存率は24%とか言うとってね」は?「は?(は?)」え?「え?(え?)」「言うたら4人に1人でしょう?そやからもういっぺんは出たいよねえ、何とかねえ。一緒にねえ」「・・・!」積み上げてきた信条、確信が”24%”の数値ごときに崩されそうになる。同時に、アタマの機能がウワッと幅を利かせて計算や勘定ごときに頼ろうと目まぐるしく働き出す。

ーーー生き死には選択ではないこと、事故も病も自死すらも含めて、寿命は生まれたときには決まっていること。その確信が、天秤に載せられて揺らぐ思い。まだ修業を積まねばならない。変えうるものは長さでなく質。生き方死に方によって、その長さに意義を与えるしかない。逆ではない。ーーー

「必ずまた一緒に出展しましょう。いつでも出られるように努めます」年に一度などと思っていたが、うわごとのような生返事をもう全て呑み込み、その場で決意してそう伝える。頼もしいのはその後も制作を続けておられて、「万博終わりに延ばされた花火大会、酷い天気の中撮ったらこうなってね。もうちょっと色抜いて仕上げよう思てて」と作風の変わった、毎度不思議で見入ってしまう写真を見せて下さること。息災の自分のほうが撮っていないし辞めているしだ。「昔はレンズ8コも持って撮りに来よったけどねえ」「偉い!」「今はもう2コだけよ」「それでも偉い!自分1コです笑」「ホラこれ」「お椀?」「13年前に、和塗りの加工頼んだレンズフード」「ええすご!」「すっかり忘れてもうてたけど久しぶりに会いに行ったら『ほれ』って出されて」「そんなに掛かってるの!?」「いや『ずっと忘れてて、昨日大急ぎで作った』って」「昨日ですか、13年待ちで笑」知り合った頃より前、DF35辺りか。

他にも「これ」とか「あれ」と色々な、人の話、創作する人の話が出てくる。こういう縁を様々に保っておられることに、いつも感心するのだった。誠に「写真は足で撮るものだ」と振り返る。この出展の準備について、発信していたのを逐一追ってえ下さっていた。この日もその後も、絵の進捗を繰り返し見に来て下さった。「もしや」と「まさか」を思いながら、思い浮かべた再会に備えて、御礼の土産をひと箱携えていた。無事お渡しできて良かった。重ねて御礼。再三の抱擁、「くれぐれもお気をつけて、必ずやまた一緒に」と誓ってお見送りする背中を撮らずにおれず。安息ひと息。また絵に取り組む。

 二聖の装いに白、黒、金。天文時計のプラネタリウムに緑、黄緑。「もっと工夫した配色ができれば」と思いながら、技量が及ばず、そうするしかない。ムラなく塗れているかも不確かなまま、仕上がりを見抜く経験もなかった。しかし、やってみるほかないことだ。今筆を振るっているからこそ会える相手がまたひとり。半年ぶりに、台北でお世話になっていた方と再会する。地球一周同窓若手、実はDF来場3度目だそうで、今まで外で「知っている」という方に会った最初の1人だった。それも台北でだ。ご帰国の予定やお住まいを伺っていたので、話のついでにいついつどこそこと告げたら知っておられる。言うものだ。お連れの方にも挨拶を。変わりなくお元気そうで、外国の方に関わる仕事を続けておられるそう。「餞別に頂いた珈琲のおかげでやっとブラックで飲めるようになりました✨」知らなんだ。わざわざ会場内で、ハーブの香りの蜂蜜を選んで差し入れにお贈り下さった。お返しに台湾土産を差し上げて、絵を背に写真、知った者らに見せて驚かせよう。閉幕の前にも立ち寄って下さり、重ね重ね御礼を告げて見送った。来場させる理由になれれば、自分の作はともかく、他にも数多、出会える作が集結しているから安心で、良い機会になるだろうと思える。それにしても有り難いことだった。

 入れ替わりに焼肉大学同窓が。描いている背に声が掛かるので描いたまま一声応えて筆を止める。1年前の個展以来で、この日も久しぶりの帰国に合わせて焼肉大学定期焼肉研究会を設定してくれていたのだが、再三の誘いも断らざるを得ず。「死んでいようからタレを掛けてこんがりと火葬せよ」と告げていた。無沙汰の詫び。それにしても本当に、誰にも、「絵を描いている」とは知らせずにいたなと振り返る。写真や書物や鍵盤はずっと以前から共有する機会があったが、美術の講義は別だったし、何の作も見せたことがない。そういう相手ほど、見せるには勇気が要る。本気でない表現と、本心からの表現の違いだろうか。写したものや、作られた曲ではない、内的希求の発露。・・・そんなことはお構いなしにあれこれ好きに喋ってまた買い物、毎度の差し入れ焼肉セットを有り難く受けるとさっさと会場を観て回り、完成を待たず「会へ」と去る。「次は時間を取る」と言い訳をして見送る。

 そこにまた予期せぬ嬉しいお客様。昨年の個展で会期が重なっていた、絵描きの瀬戸岡薫さんが、突如。また会いたかった方のおひとりだった。「1ページ描くのにひと月とか掛かるんですよ」と言っていらしたアノ作、個展の最中にも描いておられた姿の夢中さ、かっこよさを撮らせてもらっていた。今更お見せする。「見えなくなってしまうところでも描きたくて」と言っていた言葉に倣って、自分も背景全てを描いた。1,2か月余計に掛かっただろうが、「楽かどうか」なんて全く計算に含めなかった。そういう人が他にもいて、真摯に描き続けておられることが嬉しかった。「完成したんですよ!1年掛かって!」「やば!笑」そんな再会がまた嬉しいのだった。再会が楽しみなのは、創り続けて進化・成長してゆく存在だから。続けていればまた会えるだろう。その日を楽しみに見送る。

 おひと組み、オムライス完全装備の方と、魔王のごとき大角麗しき手練れの刺客が。あまりにも完全なオムライス兵と魔王様で、全く戦い方が分からず降参、御降臨くださった魔王様の勝ち名乗りを伺うと存知も存知のYutoさん達でいらした。「以前ライブペイントをされていた!」と去年の回を思い出す。初日と2日目で大幅に変化するライブペイントをされていて「これは昨日と同じ作なのか、、道に迷ったのか、、でもこの絵柄は、、」と惑った思い出。自分もそんな作にしたくて3枚に。構想のインスピレーションをもらっていた方がわざわざ見に来て下さろうとは全く予想もしていなかった。実に不思議な経験だと思う。「どんなライブペイントをされるのかなと気になっていました」とのお声、「仰せの通りで御座います」との応え。自分でも分からないまま、気に掛けて下さる方がおられたのだとは、とても有り難いことだった。かくかくしかじかでと制作の経緯をお話しする。先輩出展者だけあって、初めてお話しする相手とは思えぬ伝わりやすさ。踏み込んだばかりの領域に、先の苦労や喜ばしさを、もう知る人のいる安心よ、心強さよ。余裕のない弱輩に、励ましと差し入れまでお寄せ下さるのだった。「お返しも出来ませず」「いえ、作品が何よりのお返しですから」「魔王様・・・」努めることが御礼。完成をお見せできるようにと、梅干しを5コいっぺんに口に入れて水をあおりあおり、続きに励んだ。

 天文時計と月の満ち欠けを塗り、対になる蔦一方を赤・橙に。15時、16時と過ぎ、気づけばもう出来ることはない。ああこれで。これで終わりか、完成か、とこれ以上良くすることのできない惜しさ悔しさ、手を止めても良い安堵感、目指し続けた到着地点に着く達成感がこもごも巡った。二聖の画面を反転し、左右を入れ替え微調整、設置を完了。ようやく自身も全容を見る。思いつきから7,8か月。筆振り続けて240時間掛かってようやく仕上げた初めの一作。ここに至るまで決して逃れも諦めも出来なかったのだろうと思うと、「到着の安堵」に似た感慨が思われた。

 丁度そこへ、再びお越し下さる方々や、2年前に隣のブースで出展された写真勢のたびしばさんが。見にも行かれず手一杯でいたことを振り返る。六花亭の差し入れに喜んでいると、次回DF63は出展なさらず、お連れの方と入籍されて、結婚式に丸かぶりだそう。笑。そんな嬉しい報せまで頂ける縁の妙味。会えない回でも喜ばしいとは不思議なことだ。変わりゆくこと進みゆくことの確認の場、振り返りの場のように思うことが、この頃は頻り。「あれがほんの2年前とは・・・前に会ったのが1年前?それしか経っていないのか・・・?」などと。「大変御目出度う御座居ます、次の機会にお会いしましょう」と見送る。

 何とも間の良いお客様、1年振りのつむさん達がそこへ。「写真のエリアで探していました笑」もはや会った時点で面白い。案内もまばらで会えるものかも分からずに居たが、機会を捉えていれば適うものだと感じ入る。初めてお目に掛ける絵画の作、出来たばかりの一作目。「今度は絵だったんですね」「そうだったんですね!」自分もやっと気づいた気分で、かれこれ7年ご愛顧下さった創作と、分野を跨いだ未熟な試みの、来し方、はしり、行く末を思った。つくることの喜ばしさは時間でいえば「作り終える頃の数パーセントだけ」と言う人もある。そうと分かっていたとしても、きっと作れるのは、わざわざ見に来て下さる方と一緒にギャハギャハ喜べるから。思い馳せる行く末まで、これまでの応援とギャハギャハが沁みていて頑張れる。そんな有り難い支えのおひとりおひとり。”何を”話したかアタマが忘れてしまっても、「どう感じたか」をハートが覚えている。(”何が”あったか覚えているのに「どう感じたか」を忘れてしまっていることは多い。アタマに頼るから。)・・・毎度お買い物に、とても素敵な差し入れまでお持ち下さるのだった。「また珈琲なんですけど、豆のままにしようか挽いてもらおうか迷って、粉です」「!!!なんと有り難い!!ミルまで持って帰ってくるのを丁度諦めてたんです!!!」覚えのある、なんとも良い香りが、もったいないほどの2025クリスマスブレンド。楽しそうなお姿と合わせて写真に。再会、御足労、あれやこれや諸々こもごもに、御礼を告げて良いお年を、また次回。

 お見送りすると丁度17時。筆や道具を軽く片付けて完成の報告、『新世界より、PragueEtherTemplate』お声掛け下さった皆様ありがとうございました。完成をひと目再び見に来て下さった方々にご挨拶。お向かいでもひと段落付いたご様子のうぐあん先生にご挨拶、贅沢にもWUTOさんに写真をお頼み申して、がおーのポーズでツーショットを撮らせて戴くわたしちゃんの笑み明るさ。ずっと先まで思い出せよう。

 カメラを掴んで見届けたい作の完成を見に、撮りに、労いに回る。会場、対の端まで。全く時が足りやしない。ぐらり姉さんに度々のお声掛け、自分もこんな仕上がりにしたかった、ああ、と思いながら伺うお話にギャハギャハ、セルフィ2ショなんて生まれて初めてお願い申し上げた。二度も名刺を、ブース番号入りで押し付けたので、お別れの後に対の端まで観に来て下さったそうだ。「描き込みやばばでビビり散らかしました」とのメッセージを後日頂戴する。「絵柄好きすぎて寄せました。一堂で出展でき、2ショに感想まで頂けるなんて、嬉しいにもほどがございます。ぴえん散らかします🥺」ありがとうございます×100。

 戻る足、よく知った方々にご挨拶をしながら、撮り切るには全く至らず。自ブースにて18時。動画に閉幕のアナウンスと拍手の音が入った。資料向きに場の設定やパネルの質等を撮っておく。・・・そういえば、と見本代わりに売り物から除いておいたプラハの大窓写真を、ブースの作にかざして撮る。もう少し退がって画角を合わせる。壁から5,6歩、伸ばした腕でかざせば丁度、テンプレイトに用いた写真がまるで投映されたかのように、フィルムの向こうで完成していた。全ての、全ての屋根、壁、人々、木々の幹枝を筆で、手腕で追ったのだった。現地に携えかざして見るより遠い場所、感慨深い思いであった。・・・街も絵画も生まれる前に、必ず着想されて生じる。先人の着想の一つ一つを借りて、機材や画材や交通手段の一つ一つの働きを借りて、会場で長年観てきた筆振るう人やものつくる人のインスピレーションを借りて、出来上がったものだったのだと振り返る。

 土産を携えた袋に入りきらない差し入れの品々や、戴いた展示のお知らせ等も写真に。多色に染まった、白かった布切れも撮る。各々作を撮り納めている御近隣の方も撮る。・・・水の多いパレットを拭いて、水を捨てて、売り物を種類ごとに箱に戻し入れ、布や小物や掲示したもの、用具や消耗品、什器、配布物その他その他その他、椅子や食料その他そのほか。三々五々、搬出作業を終えてお帰りになる方々に御礼と、帰路の無事をと、またの機会にと。

 終わりにもお帰りにも、なおさんがお立ち寄り下さって描いたものをご覧下さった。「見上げた部分と見下ろした街がひとつになっていて面白いです、自分も真似したいと思いました」と流石の審美眼で教えて下さった。(なるほどそう言い表せば良いのか・・・)と描いていて知らずにいた。弱輩のねらいはお見通しでおられる上にも有り難いご感想。左右の反転したことにも気づいておられて、絵に臨む姿勢、経験の差に改めて驚いてしまった。そんな方がずっと出展されていて、今一堂で初めて描いたものに感想を下さっているのだった。本当に不思議だった。不安でもやるものだ。・・・くつろぎや欲に飼い慣らされた人の群れの中でも、情熱を追求できる人の存在が、自分を独りにしないでいてくれる。口やアタマの解釈など置き去りにして、躍動する姿からこそ学び、習う。・・・健勝と、再会を祈ってまたの抱擁。いつも通り「写真撮影超OK!」の看板を背にお召しのままお帰りになる後ろ姿を超撮影しながらお見送り。いつかまた。

 筆をまとめ、最後はやはり絵画の作、壁から外して背景は半分に、そこに二聖を重ねて巻き取り、布にくるんでバンド4本、肩ストラップを着ける。用具を先に仕舞ってしまったから、虫ピンを手で抜き、荷をまとめ、がらりと白いブースを写真に。丁度19時30分。撤収の時刻だった。やっぱり最後だ。ひと息のあいだ佇み、手を洗うついでにほんの少し遠回り。ライブペイントパネルはほとんど片付けが済んで、台車に平積みになっていた。空になったブーススペースも、決して虚しくはない。様々の動機とその表現が集結していたことを、空になっても思い返す。もうカメラで、物理で、捉えられるものもないから、やっと帰れる心地に変わった。

 荷を引き、背負い、肩にも掛けて駅へ。振り返る▼▼、20時00分。コンビニでかにかま、したらば、ミニトマト。列車の席で両手を合わせる。短歌。トマトパクパク。補給の改善が課題か。地元駅、ホームに降り、エレベーターへ。振り向くと同じく大荷物を引き歩く方。開けるボタンを押してしばらく、乗り込まれたその方の「ありがとうございます」の声。?。体格の良さ、凜々しい目元、黒マスク。・・・?。このイベントの日に大荷物。?。いやまさか、でもそのまさかも度々のこと。普段見ないほうのタイムラインに思い当たる方、ビッグサイトにおられたらしい。マスクは黒。意を固め「違ったらごめんなさい、もしかして去年原宿で個展をされていたRintaさんでは・・・」「・・・!はいそうです!」私の作をお迎え下さったおひとりである。「透明な写真を展示されていた・・」「そうですnwaです、まさかこんな所でこんな日に!」「よく分かりましたね・・!」「もしやあの男前は、と。今日出展されていたとは、同じエリアだったかも知れませんね」「そうでしたか、知っていれば伺いたかった」「後ほどTLで。すみませんお引き留めして。またいつか!」「では!」こんなことあるのか。ない。ないが、あった。あっても気づかず、声を掛けるも稀だろう。・・・同じ地表で同じ時代に擦れ違い、互いの作で交流した者同士だ。他生多生の縁えにし。またいずれ、続けていれば巡り会おう。

 ・・・家に荷を置いて、一瞬、ひと息、玄関前。日本一周帰宅を思い出す。歩いてスーパーへ。緑茶を頂いてから、食料を買う。ラムレーズンとアーモンドのチーズ、いか他。アタマが回らず訳の分からないものを長い時間かけてわざわざ。遅くの夕食、なかなか進まず。荷上げ、24時ごろ風呂でうとうと身茹で。25時、普段の倍も時間の掛かった柔軟体操を終え、静かな夜に溶け落ちるごとく眠りにつく。日記にはたくさんの温かい応援への御礼に続けて、「祭りの類いを初めて芯から楽しんだ」という思い。

 11月17日(月)、7時間で目が覚める。実践と、良いお手本の数々が刺激になって、次への着想が止まず、眠っている場合ではない。毛布から手を出してメモメモメモメモ40分。壁ではなく通路を見ながら描くライブペイント、面白そうだとメジャーを取り出し部屋で採寸。大昔に暗いエリアで出展していた頃のブース外骨格資材も採寸。

 9時半、柔軟体操前に荷解きをして片付けること2時間。色付いた布切れと筆を、清々しい青空に掲げて干す。綺麗だった。大窓、書籍、絵の具や用具類。仕舞い込めば晴れて柔軟、沁み入る身体。着替えて出発の荷を買い回りに出る。快晴、葉の落ちた木が空を広く思わせる。心の静かさが甘美だ。薬局で万単位の補充、スーパーで食料、やっと熱になりそうなミューズリーやバナナ、食パンなどで13時半の朝食。親類への土産を箱に分けて記名、歯を磨き、耳を温めながら午睡を45分。音楽を掛けながら微睡み味わう。1年振りの鍵盤は、もう練習の順も忘れていた。練習ノートを見返しながらたどたどと思い出す。・・・作中に描いた円環譜を見ながら展示主題の『新世界より』第2楽章Largo。遠き山に・・・と情景が浮かぶ。夜の虫鳴く環境音を掛けながら、初見のどたどた演奏を動画に。譜をくるくると回しながら。日本でしたかったことのひとつ。ほんの30分で切り上げて、自転車のタイヤに空気を入れておく。会期中に頂戴した差し入れや名刺、1件のみの戦利品を写真に収めて保管、会計作業、硬貨の整理。写真の頃ほどでない売上げに、安堵も悔しさも混ざるが初出展時より多い。

 出掛ける支度、軽食にハチミツとバターのトーストを。カモミールの風味が香りに珍しい、戴いた差し入れのひとつ。ひと駅歩く、いつもの道、いつもの珈琲屋で、止まったままの手帳のログを付けていく。写真を見て振り返りながら3時間。疲れもあって書く欄を誤った。楽しんだ日の記録をもう一度。・・・帰宅、遅くの調理。葱、舞茸、和牛の角切りを焼く。デザインフェスタギャラリーから、出展の誘いの連絡があった。昨日の今日で、よく働かれること・・・イベントへの御礼と、昨年最後の個展出展へのお力添えへの御礼、遠方から楽しみに拝見する旨。ご返信はどうぞご放念をと返すも、また一筆下さった。湯、柔軟、25時半に眠る。台湾時刻が抜けないのか夜更かし気味。

 11月18日(火)9時前、洗濯。柔軟をして衣類を干し、鍵盤40分だけ、ハニートースト。12時過ぎ、行っておきたかった珈琲屋でスープだの軽食だの。ログを続け、次の展示の構想をメモ、お出で下さった方々への御礼を書き始める。14時半、家に戻ってボトルに湯を沸かし入れ、火の用具を荷に詰めて自転車を下階に。

 15時半から、夕暮れ空を目指してサイクリングに出た。1年振りのロードバイクに5秒ほど戸惑う。街外れ、川辺に出る。見渡す景色、草原、青空、傾く陽が遠く雲を橙に染め始めている。川沿いに進み16時、いつもの場所のテーブルベンチに自転車を寄せて荷物を置いた。

 山用の敷物、ポケットコンロ、固形燃料、小鍋、マッチ。マグにドリップフィルター、香りの素晴らしいクリスマスブレンドの細引きを多めに、そのほかの差し入れの焼き菓子もテーブルに。鍋に温かい水、燃料に擦ったマッチの火を献ずれば、時計の針など溶け去るごとく、別の世界の時空に変わる。炎の揺らめき、風の音、鳥鳴く声。沈みゆく陽が染める雲、パチパチと小さく爆ぜる火、湯気立つ鍋がふつふつと揺らぐ。川の水面はまるで流れていないかのように穏やかな水の運び。自身の脈も心も、まさしくそんな穏やかさのうちにあった。ぐらぐらと湯立つ鍋を火から下ろして少し落ち着けてから、珈琲粉の上に落としてしばらく。また立ち昇る香りにうっとりしながら、次の湯を落とし、回しかけていく。黒々と濃く滴る液、時の流れを味わいながらの抽出・・・9日間振りの珈琲を、もったいないほど有り難差し入れと一緒に頂いた。焼肉大学同窓より大焼肉セット。北海道銘菓。パチパチとキャンディー弾けるチョコレート。昔から馴染みのお菓子を開ける懐かしさにふっと我に返る。気づけば慣れた土地、好きな場所。一度は辞めた展示に、戻れた安堵がこみ上げた。改めて手を合わせ、感謝して戴いた。のりしおのせんべいなど誠に沁みた。初めての個展を終えた夜、原宿駅前で食べたヴィクトリーのサラダせんべいが懐かしい。

 ・・・夕日を見送ると薄暗く、風は冷えた。片付け終えると17時、ほんの1時間しか経っていない。それともあっという間に経ったのか。自転車で続きの道へ、ライトを点けて。街に戻り、珈琲屋で冬の紅茶。先ほど頂戴した差し入れの御礼を書いてお送りすること4時間。21時半、久しぶりの、どこにでもある店で夕食、帰って緑茶、お菓子と一緒に頂いた入浴剤をここぞとばかりに使ってみると芯から温まる冬の夜。心遣いの沁み入る温かさであった。26時、柔軟を終えて眠る。

 11月19日(水)9時半、洗濯、柔軟、ミューズリーの朝食にも例の蜂蜜を。明日の出発を前に、買い物や荷造り、日本での食事納めの1日に。鍵盤40分。近所へ散歩を兼ねて通貨をあれこれ。薬局でまだ買い物多数、百貨店で来年の手帳も買い、戻りの日本土産をいつものように地下で買おうとしたら懇意の和菓子屋は消滅していた。1年2年と離れていると、こういった跡形もない消滅、当然のように置き換えられて久しい見慣れぬものに行き合う。感傷に浸る間もなし。帰って近所のスーパーの贈答品コーナーで、質量のずしりとくる羊羹詰め合わせを複数箱、軽くて背中に優しい緑茶葉などを買い込む。家で荷造り、船便の箱詰め。葱、舞茸、和牛を焼いて塩むすびの食事。

 ダッシュで郵便局、煩雑な書類作りをやっつけて、お湯やコップや茶や珈琲を携えまたサイクリング、外珈琲。まだある差し入れの戴き物を、夕暮れを過ぎる川辺の景色の中で味わう。手を合わせても感謝しきれぬ厚意に加えて、味わいきるには短すぎる一時帰郷の心急く中。

 18時に切り上げて、会う間もなかった友人宅に台湾土産を置き去り、いつもの、最後の珈琲屋へ。事前搭乗手続き、窓側の広い席を買い、ログや写真の整理を少し。夕食を買って調理、食後の洗い物、入浴、翌朝の分まで柔軟をして荷造りに1時間。

 25時、にんじんやさんから戴いた蒸気の温かいアイマスク、ゆずの香りに気づくや否や、本当に5秒くらいで眠ってしまったのだった。

 11月20日(木)、身支度、電車、バスで空港へ。興味本位でカード会社のラウンジへ。受付で「ビールはお飲みになりますか」という慣れない質問。その他様々飲み物もあるが白湯だけすすり、出国手続き、搭乗口へ。昼発、東京湾岸に会場ビッグサイト。「皆居たのだな」としみじみ。富士山、アルプス、淡路島、大橋、土佐湾、海の上。旅程を練り合う邦人旅客のウキウキ声が、ひと山終えた静けさを味わう心に少々甲高い4時間半。

 曇りの台北、長い入国審査の列の横に、新しく電子入国ゲートが設置されていて、居留証をかざすと税関申告もしないうちに入国、野放し、バスで帰路。帰路と言うには慣れない。異国で。バス停1つ先で降り、スーパーで食料。海外で最も頻繁に使った店だが、新年を待たずに閉店するそうだ。林檎はやめておく。レッドドラゴンフルーツ。帰宅、荷解き、片付け。機材やデータや土産やあれこれ。シャワー、柔軟、ログを付け、22時には床に就いた。

 11月21日(金)、珈琲屋で写真の整理を3時間。書生らにたべっこどうぶつを撒く。1名、同じ期間に日光旅行をしたといい、土産をくれた。御礼に携えた日本一周風景写真集を贈る。「次はどこへ行きたいか」と問うと「もう一度日光へ」とのこと。

 11月22日(土)、柔軟、水拭き掃除、朝食。8時にバスに乗ったが交通カードを忘れ、久しぶりに小銭で払う。9時に開いた馴染みの珈琲屋で写真の整理を2時間、その後作者の宛名を書いてTLに流してゆく。

 気づくと16時過ぎ。補給後に少し歩いてとあるビルの一室へ。日本製の手帳が100種も並べられている大きなテーブル、手に取る人々、キッチンで料理を振る舞うシェフ、食事する人、歓談する人。案内の係の人に「どちらでお知りに?」と訊かれて「細井研作先生が」と言うと「そうですか!もうすぐお出でになります」とご存知の様子。どう比べても一番使い易い我が手帳を100冊のテーブル隅に広げてログを付けていると、1年振りの再会がまさかの台北で。旅にまつわる企画やイベント、発信等を続けておられる当の細井さんが。異国で、歩く距離に所に、お互い用事がある不思議。「ビックリしました!写真撮りましょう!」去年も最後の個展に、韓国旅行の直前にも関わらずお越し下さったのだった。「今は写真は辞めて、つい先日ライブペイントなどをしておりました」「!台北には!?」「住んでおります」「!?」ほんの数分の、再会の遣り取り。・・・バケツの水に溶いた絵の具のように薄まる、長期の海外住まいで忘れた異国の旅の喜ばしさ楽しさ、濃さを、鮮やかに思い出せるひととき。「素敵な旅を!またどこかで」とお暇する。思い出せる工夫、楽しむ工夫、交流の有意義さを、毎度見習いたく思うのだった。

 10分歩いて日本土産を届けに1軒。近場の珈琲屋で写真の整理と宛名書きを3時間。バスで帰宅。

 11月23日(日)6時半、柔軟、朝食、8時前に珈琲屋、それから8時間強。写真をTLに。これにてひと段落。16時半、スーパーでバターを買って家へ。そこに突如行き合う7年前の教え子の、巨大化版!なのに話し方はあの頃のまま(在外で異国語環境)!まもなく大学進学で本帰国という頃であったから、逃す前にひと目会えたということになった。「学びたいことは見つけましたか!」「はい少し珍しい分野なのですがかくかくしかじかで」「なるほどそうですか!!良かったです!!」この数分も、誠に大きな喜ばしさ。健勝をと伝えて別れる。帰宅。遅い昼食に鶏、鶏出汁飯、ジャスミン茶ほか。茶請けにたべっこどうぶつ、土産に戴いた”聞かざるクッキー”の頭部を喰らうと”感じざる”か何か。鬼怒の清流と東京ピスタチオラングドシャサンド。夕食にはイベント無事終了を祝ってケーキでもと、焼くホットなケーキ。?。以前、土地の教え子からもらったとっておき、新婚旅行土産、乗り継ぎの合間に買ってくれたというシンガポールの懐かしいBACHA珈琲を日の目に。

 翌11月24日(月)からは語学の勉強会を再開しながら、TLのメッセージにお返事し、写真の整理を尚も続け、この出展記録を綴り続けること4週間。手書きの今12月19日で34ページ(3万4000字)(打ち起こしの今12月28日で3万2000字)を書き終えようというところ。あんなに毎日しがみつきへばりついて描き続けていた絵の制作も練習もぴたりと止まって、体力の回復を、豊かな経験の消化吸収の静けさの中で待った。「痩せたな」とか、再会した人の写真を見せて「お元気そうでした」とか。

 差し入れへの御礼の言葉に、にんじんやさんが御返事下さった。あの後完成した絵もTLでご覧下さったそうで、「あの熱量と情熱は本当に尊敬します!」との言葉。とても、もったいなく、ありがたく、嬉しいことだった。「そういう人々が、魂が、集結していて、中でもこの方やあの方のように心動かす巨作も巨作を次々に生み出してしまうような人が居る」と、知ったからこそ出来たこと。だからこその嬉しい言葉を、鏡のように映し返して下さったのだと思う。

 ・・・意識には水準が見出せる。”理知”を超えうるのは愛、喜び、平和だ。知性の極致も学術も医療にも解析不可能で手の施せない、苦難、困難、不治の病や絶望を、眼差しひとつで溶かせるパワーが宿る場所。”解釈”には、アタマには経験できない「美や静けさ、大好きなこと、喜び楽しさ、心の平和さ」。それを追い求めているから「アタマが良い」などと言われるより「情熱が、愛情がある」と教えてもらえることが嬉しい。

 ・・・あまりの疲労に一瞬のうたた寝が60分、次の一瞬がまた60分という、怖ろしい時の速さを味わったり、移動や運搬、作業の連続の負荷からなかなか回復しないまま数週を生きたり。そんな中12月2日(火)に、壁の反対側で描いておられた方からメッセージが。画像検索でTLに流した白沢に辿り着き、利用を辞めて長らくのアカウントで御礼下さったという。「なべるい」さん。名刺に写真をお使い下さったそう。全く不思議な縁。きっと当然で、何も心配することはないということなのだろう。事の運びは全て完全。そう信じずにおれない。

 ・・・それで12月12日(金)、次回ライブペイント選外の報を受けても安心半分、1年後を目指そうと気落ちせずにいられた。それと、今の状態でまた次を急ぎ描き始め描き続け描き終えられるのかが正直には分からない。無難なものならいくらでも作れようが、納得したものを生むには更なる専念を要すると、怖いほどに思う。「いつでも出られるようにします」と言っておきながら。「仲間が必要だ」とここ数年の制作物や展示の規模から強く思うようになっていた。個人の技量や寿命の限度を手っ取り早く取り去るには、同じ魂を見つけることだ。探していたら半月で新たに1人行き合う。再会も1人、地球一周同窓「帰国したから」と呼ばれてみると本も絵も描いていたとは新たに知る。互いの旅、願いの、相互作用を楽しみに。

 丁度12月18日(木)で再移住1年を迎えたその日を祝い、長らく恋しく思っていた焚き火の道具を揃え始めた。いましばらくは、積み過ぎた徳を解消するべく、火を眺めながら七つの大罪スタンプラリーで後光を抑え、次へ、次への英気を養おうと思っている。

 焚き火台、火吹き棒、ケトル、メスティン、ホットサンドメーカー、チェア2つ、ミニテーブル、アルコールストーブ、燃料ボトル、風防2種、荷置きの敷物超軽量、ミル、ステンレス珈琲フィルター薄型、マグ、軍手、トング、マッチ、ライター、水、湯、割り箸、ツールナイフ、ショートブレッド、ナッツ類、御茶類、グリューワインスパイス、アウトドアスパイス、ミントオイル、オニヤンマ、バロックリコーダー、ワイヤレススピーカー、スケッチ用具、機材その他。良い場所を数か所見つけたので天候を見て、縁を見て。

 ああやっと書き終えた。気づけば年末も年末。旧暦の土地にはまだその気配もない年の瀬を、クリスマスを、安らかに迎えられそうだと書いておく。打ち起こしてサイトに載せるまでがイベント。・・・準備も始末も、搬入出も、全部一番早くて遅い。作は100億万点満点中25億万点(すごいね?)とするが、「最も線の多いブースにします」は達成できただろうか。競争ではなく、インスピレーション。その相互作用。人々の専心、尽力から勇気や意欲を分けてもらったことの結実。ありがとう、またどこかで、どうぞ素敵な年末年始を。

2025年12月19日 台北天母 nwa


イベント当日の会場風景・写真(Xリンク)


イベント当日の配布・掲示物





Procreateブラシ配布と雑多な見本。①蔦とどくだみ八重紫陽花(Google Drive)

Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *

CAPTCHA