六月二八日(火)晴
五時半起床、散策に出る。昨夜の登山道には、明るい茶色の石が広い範囲にごろごろと転がっていた。しかし所々ひとまとまりに小高く積まれている。積み石か。どこからとなく出来上がった登山者の習わし、登山の記念か、賽の河原か、見よう見まねか。その数が多かった。石も小振りな南瓜ほどもあるのだが、はぐれた石が見あたらないほどだ。山を見上げると煙がくすぶっている箇所があり、その周囲が硫黄特有の黄色と灰色の山肌になっていた。活火山らしい姿を見ることができた。その他多くの山々を見渡す事が出来、濃い緑の木々と鮮やかな草原の山肌が、高いところでは白い雲をまとい、青空の下で見栄えする。その山を背後に、老夫婦に写真を頼まれて言葉を交わした。
六時半、朝食を作る。随分と駐車場内の車の数が増えていった。隙間もなくなるほどの数になると、空いたスペースに車や観光バスが溢れていく。真隣に水戸からの御夫婦がやってきて、「同じ関東住まいのよしみで」少しずらして止め直して欲しいとのことだったので、「同じ銀河系住まいのよしみで」応じた。朝到着した人々はほとんどが登山者のようで、それらしい出で立ちで熊避けの鈴を鳴らして登っていく。その御夫婦も装備の準備を整えていた。十勝岳山頂まで行くという。
八時出発。上富良野へ。花の風景が見物であるらしいというので、その手の農園を探して向かった。農道を突っ切り一時間、丘を登り切って到着したのは「ふらわーらんど かみふらの」。この辺りでは一番の敷地面積を有するとのこと。空もよく晴れて、綿雲が真っ白に輝いている。陽射しが心地よい。カメラを二台担いで行く。土産物屋のある建物の中を通って花園へ。入ってみると、期待を大きく上回る美しさ。無数の花々が丘一面に植えられ、この上なく鮮やかな光景だ。それに、今朝下ってきた山を含む稜線が、低地の牧草地や街、畑などの広大な風景の向こうに見えている。まさに「花の楽園」そのものだった。
赤白黄色のひなげしが一帯に、その奥にまた赤、区画を隔てて白。夢中で撮る。トラクターに繋がれた客車が、園内をぐるりと一周遊覧している。またさらにその奥にも桃色、クリーム色、橙、青。緑の葉を交えて丘の斜面の向こうまで、虹のように延びていた。端まで来ると眩しいほどの菜の花畑。敷地の向こうの緑の丘と明るい空が対比を成す。ミツバチの羽音も随分と多かったが、蜜を集めるのに夢中のようだった。花園一帯を見渡す展望台もあり、屋根の下の日陰はまた心地よかった。丘を下るとダリア、その奥にルピナス、そして咲き始めたラベンダー。へとへとに疲れるほど撮り回って二時間半。丘の中央に立てられた額縁が粋な配慮だ。その正方形に切り取られた風景を最後に撮って、園を後にした。
一一時半出発。札幌へ向かう。三〇分で疲れて休憩。「三段の滝」という名勝の駐車場で仮眠をしてから昼食に。滝を撮りに行き、車に戻ってみると隣にかっこいいバイクが止まっていた。シックなグレーの車体に円いヘッドライト、後輪にはパニアバッグが取り付けられている。初めてバイクをかっこいいと思った。勝手に写真を撮って車で出発の支度を済ませると、そのバイクのオーナーのおじさまがやってきて、ジーンズの上から皮のすね当てを付けていた。風に熱を奪われないように使うものだろうか、それがまたかっこいい。見るでもなく待っていると、「北海道は何日目?」と声を掛けられた。「二週間ほどです」「おや、それは凄いねえ」「どちらかですか?」「帯広。ここのところずっと天気が良くなかったからねえ。今日やっと乗れたよ。」「ほんと、やっといい天気になりましたね」「じゃあ気を付けて」
一三時半出発。山を見渡す川の景色や、林道を西へ向かい、一時間半。札幌市街に近づいてきたところで大きなお湯屋を見つけたので立ち寄った。いよいよこの旅の終わりが目前にまで迫っていることを、意識が捕らえようとする。もう次の街への道筋は旅路ではなく帰路という思いであった。露天の壷湯では死体のふりして湯を満喫した。一六時半、街に入り、飲み物を傍らに記録を三時間。窓の外で日が暮れていく。二一時、船旅に向けておやつは一人三〇〇円分まで買い込んでから、夜の街を移動。南に三〇分ほど行ったところにある「道の駅えにわ」には、昔立ち寄ったことがあった。多くのトラックや乗用車が止まっていた。二四時眠る。