五月一一日(水)曇時々雨
五時半、ふと目が覚めると窓の外からパトカーの赤いランプが飛び込んでいることに気づいた。外から警官に声を掛けられる。近くで人命に関わる事件があったとのことだ、一言の確認で去っていった。雨具等の支度を済ませて砂丘へ。中田島砂丘。観光地化されてはいないようだが、日本三大砂丘のひとつといわれるものだそうだ。海岸沿いの道路、防砂林の切れ目の公園入り口から進むと、遠くの波打ち際まで長いこと砂地が続き、それが各所で盛り上がって丘を作ったり、低く削れて苔をはった水たまりになったりしていた。竹で作られた柵が張り巡らされ、その柵の両側には風で運ばれた砂が貯まっている。柵が埋まるほどになるとさらにその上に柵を張って、丘を高くしていっているという。砂地にも関わらず低く蔦を巡らす植物があり、地面から直接花を咲かせている様子は珍しかった。
一歩きして車に戻り出発。静岡県南端の御前崎へ向かう。曇りがちの空の下を岬に向けて走っていると、建物がまばらになっていき、漁港を過ぎると大荒れの海が見えてきて、堤防沿いの駐車場と、崖の上に立つ灯台が現れた。すごい風だった。駐車場の片隅にある観光案内の小さな建物の真横に付け、風を凌ぎながら食事。食後に灯台へと上がる階段をたどって、景色を撮りにいったが、あまりの風で傘の骨が折れた。雨は少ないが横殴りで、屋根の下にいてもレンズを濡らしてしまうので、まともな写真は撮れなかった。波は至る所高く、砕けて白く、堤防に寄せていた。
一〇時出発。途中昼食。富士山のすぐそばを通っているはずなのだが、その姿形は全く見えず、空は真っ白だった。麓の森が遠くに見えたようで、地上の低いところだけ黒く棚引いて見えた。伊豆半島に入ると、雨が止み、雲間から青く空の見えるところもあった。半島は全体的に山がちで、緑に覆われている。その山道を登ったり降りたりして進む。海を見渡す山肌の道からの眺めは格別で、白い雲と紫色の海が遠くの水平線でせめぎあっている。強い風に、草木が大きく揺れていた。山奥の道で休憩に。景色の開けたところでお茶を。山の斜面に沿って農家や農地、そして森が広がる、日本の古くからの景色だった。
土肥の海際まで到達すると、「旅人岬」というところがあり、駐車場や展望のいいスペースにモニュメントがあった。日の入りはもう少し後だが、まだ曇っているので夕暮れのような明るさだった。少し進むと松原公園に到着。世界一大きな花時計がある。車を止めて見にいってみる。直径は10mほどあっただろうか、時計の太く大きな針がたわんで見えるほどの大きさだった。すぐ隣に、土肥温泉の足湯があった。中央に櫓のモニュメントがあり、その地の開拓の歴史が綴られていた。その両横の足湯に浸かってみる。かなり熱いが、静かに浸していれば慣れて、何とも気持ちのよいものだった。つけた部分の肌が赤くなる程だったが、運転の疲れを癒された。
一七時。海辺の道をまた進んでいく、だんだんと雲が晴れてゆく。夕陽が見られるかもしれない。「恋人岬」にたどり着いたので、ここで夕陽を見ようと思ったのだが、南側の眺望が売りのようで、西の夕陽はあまり重要ではないのか、建物の裏に見える程度だった。もう少し進んでみて、眺めの良いところを探そう。時間があまりないが、海沿いの道なら大丈夫だろう。
一八時、朱色の空を気にしながら進んでいると、絶景のカフェを見つけた。山の間遠くに海が見える。丁度営業時間が終わったようだったが、駐車場のすぐ脇にあるウッドデッキからは谷の景色と丁度その中央に沈んでいく夕陽が見られた。そのウッドデッキの端でカメラを構えて、雲の流れを見送っていると、カフェの裏口から出てきたその店の女将さんと目が合い、軽く頭を下げた。夕陽が雲に隠れて落ちてゆく。空の色が少しずつ暗くなっていく。時間がゆっくりに感じられる。そんな調子で眺めていると、先ほどの女将さんが「もう沈んでしまったわねえ」と声を掛けて下さった。「よかったらこっちに入って座っていったら?」と、ウッドデッキの途中にあった、店への柵を開けて下さった。御好意に与る。勧められた椅子から眺めると、また格別の風景だった。そして女将さんが店からコーヒーとお菓子を持ってきて御馳走して下さった。「疲れているでしょうからお砂糖二本入れなさい」などといって。ガラスの小さなボウルにはドライオレンジやビスケットやクッキー。木肌のカウンターで、夕焼けを眺めながらコーヒーをいただく。なんて素晴らしいのだろうか。女将さんと二人で三〇分ほど様々な話をしながら、夕焼けの色が暗くなるまで眺めていた。他の旅人の話や、もっと美しい夕陽の様子、地域のことや昔のこと。「もしまた来たら泊まっていきなさい安くしてあげるから、気をつけてね」と送り出してもらった。別れ際に手製の甘酒まで頂いた。素晴らしい巡り合わせだった。
一九時出発。伊豆半島最南端の石廊崎灯台を目指して山道を走る。山道の奥深くなっていくと、灯りのない不気味なトンネルや廃墟とジャングル、道路に出て何かを漁っている猪にも出くわした。灯台への道が地図になく、実際にあるのかも分からないので、一度通り過ぎてきたあいあい岬まで引き返す。
二一時、あいあい岬下の駐車場に到着。夜ではあるが、絶景。風は相変わらず強く、眼下の海は月明かりに照らされて、波のきらめきが暗い景色に浮かび上がる。月の方は、速い雲の動きに応じて光を強めたり弱めたり、また光の輪を纏ったり消したりしながら、夜空にぎらり浮かんでいた。海側の柵に三脚を立て、重りを吊して安定させ、一時間、夜の強い潮風の中写真を撮り続けた。
二二時に眠った。携帯の電波は届いていないようだった。