五月一八日(水)快晴
五時、目が覚める。外の景色を見に、窓を開ける。耳を疑うような静けさだった。鳥の声と、遠くで流れる川の水音。東の山は雲を纏っていて、朝陽の光を受けて橙に光る部分と、灰色のまま暗がる部分とがある。空は薄紫色、山もまだ光を受けていない。写真を撮ってもう一眠りして待つ。七時、村の防災無線の音楽で起きてみると、雲一つ無い明るい青空のもと、新緑の鮮やかな葉の混じる山の風景。鳥の声が多くなった。外にでてみると空気はひやりと冷えて、しかし陽射しが温かかった。高原のような気候で快適だ。
八時半まで寝具を干しながら日記を書き、出発。山道を進み、下り坂に差し掛かると、一気に景色が開けた。四方を峰に囲まれた山梨県中心の都市が、遙か遠くまで見渡せた。広い盆地を家屋や商業ビルが埋め尽くしているかのようだ。それでも排気で霞んでおらず、空気が澄んでいた。長い下りの道を進む。どこを通っていても、木々の緑が目に入り、水田や川の流れが陽に照らされて輝いている。何とも清涼で眼を癒すような景色が続くのだった。葡萄園が斜面に沿って続いている。実はまだ小ぶりで薄い黄緑色。葉が三つの角を広げていて特徴的だ。
都留市に入ると、山々の間から富士山が見えた。真近にそびえ立つ青い山肌、雪は山頂付近と谷沿いに残るばかりになっていた。麓を目指して進み、一〇時、河口湖の対岸からその全貌を眺めた。美しさに息をのんだ。頂から裾野低いところまで、遮るものなくその姿を眺めることができた。麓は意外にも緑の木々の色をしており、山肌は空よりも濃い青、シルエットのなだらかな下りようは、まるで人の手で成らしめた陶芸のようだ。日本の最高峰というだけでなく、表向きの美しさも備えている。湖畔の林道に車を止めて水際へ下り、カメラを向ける。画面の中央に収めるほか思い当たらない。すぐに撮り終えてしまった。ありきたりな写真だ。しかしそれだけ人々の眼を引きつけ続けてきたのだろう。道行く観光客も地元の人々も、車や自転車や歩みを止めて、一通り眺めては写真に収めるなどしてゆくのだった。
車に戻って窓の外に富士山を眺めながら朝食。食パンにスライスチーズ、レタス、スライスした新玉ねぎ、小ぶりなミニトマトを五つほど並べてサンドイッチ。ごま油と岩塩とだし粉をかけて食べる。いい味だ。ヨーグルトも美味しい。その後は、湖畔に窓を開け放って昼寝をした。なんとも贅沢な時間だった。
先へ進む。一三時、長野県に入り、道の駅信州蔦木宿でも昼食。川沿いを散策する。五月の陽気。太陽の輝きが、山の木々を、傍らに立つ木の葉を、川辺に茂る草花を、余すところなく照らしている。川の流れに跳ねる水も、岸を歩く自分も、空を行く雲も、溢れるばかりの光に満たされている。そして安らかさがあった。世の多くの経典・聖典に「光こそ万物の始まり」と記されるが、間違いではないのだろうと思われた。
一五時半、出発。一時間半ほど進み諏訪湖の北へ。住宅地を抜けて湖岸に近づく。標識によれば既に通り一つ隔てた距離だった。進路を変えて湖沿いを走ることに。眼前に現れる巨大な湖。住宅地から全く垣間見られなかったこともあって、予想を超えた大きさに驚いた。対岸の町が僅かに霞んでいる。なみなみと湖水を湛えて、漁船やブイを揺らしていた。北の岸、岡谷湖畔公園に到着。遊歩道には葉の茂る木々が立ち並び、家路につく学生や屋根付きのベンチで話し込む中年の女性達、散歩をする人、遊具ではしゃぐ小学生の姿があった。真っ白いツツジがたくさん花を開かせて清らかだ。歩道に沿う湖側の斜面とその下りた先には、芝生が青々と茂って心地よい。そしてすぐ手の届く水際から対岸遠くまで、雄大な水の景色、鮮やかな緑の山、夕焼け前の青空に、出たばかりの月が白く光っていた。こんな景色を毎日見て育つ人達がいるのかと感慨深かった。
木陰から写真を撮り、車に戻る。コーヒー屋を探して向かった。一七時半から二一時まで写真の整理と記録を。ゲームセンターのすぐ隣のカフェ、駐輪場にはたくさんの自転車がある。数人の学生達が店の前に溜まって話し込んでいた。見るにつけ、かつての自分を振り返っては、もっと有意義な時間を過ごせば良かったと思うのだ。無為な交遊や受動的なレジャーでは、心理的かつ技能的な複雑性は得られなかった。高い集中力や体力を用いることによって得られる統制感覚・達成感も。後悔も今から活かす為の教師なのだろう。病も、老いたるも。注文を済ませて、日暮れの近い窓辺の席で記録をする。店内にお客はまだ自分一人。客足はまばらながら、家族連れや学生、仕事帰りの人、鳶職の二人組など立ち替わりしながら続いた。
二一時、写真の整理を済ませて再び諏訪湖へ。来た道を戻れば良かろうと進み出したが交通規制などに阻まれて真逆を進んでいる。結局ナビ任せに戻った。湖から噴水が一つ噴き上がっており、薄青にライトアップされて見事だ。三脚を用意している間に終わってしまった。しかし、月が空高く輝き、暗い湖も、湖畔に立ち並ぶ外灯や建物の明かりに照らされて、噴水が無くとも充分な景色だった。写真を撮り、広い駐車場に移動して二二時に寝る。