五月二二日(日)快晴
深夜二時頃に目が覚めて外に出ると、月が南天に。四時起き、日の出に備えて機材の設置。東の海から僅かに光が沸き上がっている。朝霧が薄く地平を包んでいた。まだ起き出していない街や山の木々。その中で鳥達はもう鳴き声を響かせていた。青、朱、白が三〇分掛けてゆっくりと立ち昇っていく。空気が冷えきって、海上が一瞬青く光を弱めると、オレンジ色の光が湧き出すように、水平線から見えだした。見る見る姿を現して大きな円を成す。心動かされるひとときだ。高く昇るにつれて輝きが増し、光の筋をいくつも放ち出す。南西の月は、それに負けて、光を空に溶かして行く。五時、機材を片付けて山を下りた。
七時、麓で朝食。八時、再び運転、鳥取県に向かう。のどかな朝の田園が続き、一時間半ほど進むと海辺の大きな街が見えてくる。鳥取市だ。先に市街地に立ち寄ってから砂丘に写真を撮りに行こうと思っていたが、一目砂丘を眺めてからにしようと思い立ち、海辺に向かった。食事処や土産物屋が立ち並ぶ通りに来る。北側には柵が並んでおり、木も並んでいた。根元は砂だ。九時半、駐車場に車を止めて、カメラ片手に歩いて柵の間の小道を歩いた。肌色の砂がサンダルに入り込むので、裸足になって歩いた。さらさらと心地よい。木の並んだ所を抜ける。これがまた目を疑うような絶景だった。数百m先まで広大な砂地が続き、その果てにそびえ立つ巨大な砂の丘が一つ、二つ、三つ。合間に真っ青な海が垣間見られた。何なんだこれは。ふと横を見るとらくだが歩いてきた。観光客を乗せて砂地に小さく円を描いて戻る。そんなことはどうでもいい。この砂の量。圧倒的な量に押し黙る。そして何とも心地よい風。右端に見える小高い砂丘目指して進む。砂丘の上に立つ人が米粒のように小さく見える。そしてその頂上に立つと素晴らしい海岸の風景。波の音が聞こえ出す。ぐんと低くに白い波、薄青の浅瀬、遠くに掛けて青く深く。何なんだこれは!視界に一切、水と砂だけの風景だった。
砂の頂上、その縁に足を沈ませる。どこに足を差しても簡単に潜っていく。ひんやりと冷たく、まだ夜気を保っているようだった。冷やし過ぎたら表面の砂の陽気がまた心地よかった。崩れた砂の小さなまとまりが斜面を転がる。水際まで歩いていった足跡がいくつかある。風が均すまでは、どのくらいの時間が掛かるのだろうか。隣の一番高い丘にはたくさんの人が登っていた。赤いヴェールをかざして写真を取り合う人もあった。風の形がヴェールに表れるようだった。砂丘を降りて、低地に広がる丈の低い草原を過ぎ、道路の方へ戻る。パラグライダーで宙に浮いている人、砂地に小さな水路があったことも印象的だ。どこに流れ着くのやら。
何度も振り返って写真を撮った。写真では伝わらないのだと思う。足下の砂に混じって、稚貝の殻が五つほどあった。田舎の海が懐かしい、拾っていく。表面の砂が陽に照らされて熱くなってきている。もと来た出入り口まで一時間半、結局ずっと裸足だった。一一時、足を濯いで出発。街へ。昼食後一三時、コーヒー屋へ。記録を四時間。買い出し。
もう一度砂丘を観に行くと、太陽が西側に。もう一度同じ所に止めて、カメラを用意、水分補給にりんごを半分。西寄りの砂丘の入り口に履き物を置いて歩いていった。真っ青だった空は朱紫になり、一面に広がる砂もやや暗く、赤みを増す。朝とは反対に、砂の表面はひやりとしていた。正面の夕陽に向かって、心地よい砂の上を歩く。ガラスの破片があったので拾って集めて置いた。鳥の足跡もある。中学生たちが八人ほど横並びに帰ってゆくのとすれ違うと、西側の広大な砂丘には一人もいなかった。朝とは印象が全く違う風景だった。朝と同じように、右端の砂丘に登る。人は朝より少なかったが、夕陽を眺めに十数人が丘を登っていた。波が見えると同時に波音も聞こえた。砂が音を遮っていたようだ。朝、足で崩していた丘の縁の部分は、もうヘラで均したように綺麗になっていた。それだけでなく、海側の斜面に刻まれていた人々の足跡も全て綺麗に無くなって、風に均された砂の模様が一面に均一に広がっていた。驚いた。まるで誰かが砂を掛けて隠したのではないかと思われるほど、跡形もない。六時間、人の出を考えればもっと短い時間だろう。風の力だけでこうも景色が変わるとは驚いた。丘の上で、夕陽の沈むのを見送る。ゆっくりとした時間。遠くの海上の雲に隠れて、そのまま水平線の向こうに沈んでいった。自分も砂丘の急な斜面を降りて、小さな水路の脇を通って、車に戻る。水は地下に潜っているのか砂に吸い込まれているのか、流れは絶えないのに、流れ着く先が分からないまま、途中で途切れていた。一層ひやりとする砂の上を歩いて戻った。
一九時半、車に戻って一息。足がじんわりと疲れを訴えている。足を濯いで、果物を食べた。翌朝また砂丘を撮りに行くことにならないように、西へ向かった。給油を済ませて一時間ほど暗い海沿いを走り、国道を降りる。茂みの間の狭い横道に入って、対向車の来ないことを願いながら数分、西因幡県立自然公園に到着。二一時。砂利の駐車場の近くに灯台の光が見えるが、海は背の高い草や木に阻まれて見えない。車を止めて窓を開けて、夕食。二二時半に眠った。