六月一日(水)曇時々雨
七時半起床。後ろのドアを開け放って朝食を作っていると火力が弱まっていった。燃料切れだ。肉に火が通り、野菜を炒め始めて少し経つと火が消えた。「美味しそうですねえ」と、釣り場へ散歩に向かう人。野菜がまだぱりぱりいっている。いつもほどではないが、美味しく食べられて良かった。大きな街でガスを買わねば。しかし五〇〇gのガスでよくここまでもったなと振り返る。
カメラを持って散策。昨日釣り人が、「東寄りの浅瀬で写真を撮ってはどうか」と教えてくれたので、見に行ってみる。林の中の道を進むと途中、石造りの東屋。林が開けたところから岩場に出ると、プールが見えた。岩場を海の方へ進む。自然の岩でできた細いアーチの橋があった。崩れはしないかと心配で、渡るのには少し勇気が要った。崖まで来ると緑がかった海、波が岩に打ちつけていた。飛び込んで遊ぶにはいい場所だ。西の方には浅瀬と、その向こうに昨日の灯台。一目見て戻る。林道脇に、柳原白蓮の歌碑への案内札が掛かっている。
出発、海沿いを行くと照島神社にたどり着いた。カメラを持って朱色に塗られた橋を渡り、離れ小島の石段を登る。少し上って右手に鳥居、参道を少し歩くと社があった。鬱蒼と茂った森の中、つましい佇まいだ。意外にも人がいた。それも和装に烏帽子の神主と、参拝、何やら祈祷に来た親娘。手水、銭、無事の到着の礼。
石段を降りると猫がいた。照島海岸の砂浜は、浜競馬が行われる場所だ。詳しくは知らない。九時、温泉。地域の公衆浴場といった施設だが、温泉で、露天風呂もあった。やたらと安い。おじさまたちの陽気な話し声。懐かしい訛りだ。帰り際、一人のおじさまが「遠方からいらしたのですか」と声を掛けてくださった。「かくかくしかじかで」「おや、そうですか。いま甑島は、再び注目を集めているようですよ。特産品や高級な料理を出す店があるとかで。私も昔一度だけ行ったことがありました。」「そうでしたか、知りませんでした。また行きたいです。今回は本土のどこそこで写真を撮っていました。」「そこには柳原白蓮の歌碑がありますでしょう、彼女は一人息子を戦争に取られて、あの松林で亡くしたということです。それで一目その地を見に来たときに詠んだ歌があの、「右も海 左も海の…」何とやらという歌だったそうです。」「なるほどそういうことだったのですね」「急いでいると分からないですが、気をつけて歩いてみると意外なことに気づくものですよね。」「ええ本当に、素敵なところばかりでした。」「御忙しいところ失礼しました、では気をつけて。良い旅を。」「ありがとうございます。」
知ると複雑さが増す。意味が増大する。面白いことだ。雨の中を南へ。七年前に空港まで自転車で走った時のことを思い出す。「この橋で携帯を落としたな」とか、「登りがきつかった」とか、「あのときもこんな曇り空だったな」とか。昔よくいった喫茶店の跡地。ものすごい大きさの白熊かき氷を出すので有名だった。高さが0.5mくらいあった。
一時間ほど走って昼食。枕崎市で給油、そこから海沿いを南東へ。美しい山が見えてくる。開聞岳だ。見事な形。薩摩半島の南端に近づくと、だんだんと山も大きく見えてくる。途中海辺の林の中からその美しい姿を撮った。山を右手に過ぎると、まもなく薩摩半島最南端、長崎鼻。なだらかな農地の間の坂道を下り、小さな商店街の手前にある植物園前に車を止める。傘とカメラ。商店の前を歩いて行く途中、いくつかの看板が目に付いた。「景色より トイレが気になる 観光地…御手洗い→歩いても走っても一〇〇m」「鹿児島弁検定(略)」「本日夫婦喧嘩の為、お休みいたします。お嫁さんの機嫌が直り次第、営業いたします。(ナニコレ珍百景登録)」笑った。歩いて一〇〇m進むと左手に御手洗い。右手に竜宮神社。ここが「浦島太郎」伝説発祥の地だという。かつてこの地の漁師たちは、網にかかった亀を丁重にもてなし、酒を与えるなどして海に帰したとか。その風習もあって生まれた物語と考えられているそうだ。境内には壷いっぱいの貝殻があった。一枚一枚、参拝者が願いを書いて納めたもので、本殿横には「貝塚」と書かれた東屋に、うず高く積まれた貝がらの山。伝承に因んで縁結びの利益があるとされている。丁度若い男女が訪れていた。
神社から降りていき、坂を下る。浦島太郎とウミガメの石像があった。「男性は右から三回まわって…どこどこを撫でるとなんとか」例によって貝殻が大量に並んでいる。西には開聞岳の全容とその山の方へと弧を描いて延びる海岸。素晴らしい眺めだ。坂を下りきったところに小さな白い灯台。長崎鼻。
ここか。
岩場が海に迫り出して、先の方まで続いている。歩道が敷かれていたが、所々波にさらわれていた。
こんなところから歩いたという。
しばし物思いに、灯台の下の腰掛けに座った。塀の角にふぐが置かれていて、干物になりかけている。いやミイラか。雲は晴れず、雨がわずかに降っていた。波も寄せている。考えても進まないので歩いて戻る。歩いても走っても戻る。
一六時半、出発。チキンラーメンを大破壊。ばりばりと言わしながら、気づけば丸一つおやつ代わりにしていた。指宿の街中では、側溝から湯気が立っていた。温泉だろうか。皆何事もなく過ぎて行く街の人。錦江湾沿いを北上。一七時半、鹿児島市に到着。コーヒー屋で記録と写真の整理、二二時、車を走らせてフェリーターミナルへ。懐かしい。屋久島行きや桜島行き、沖縄航路もある。かごしま水族館付近の駐車場に止めて、夜を明かした。