六月二七日(月)曇
四時半起床。同じ場所で朝焼けを撮りに出たが、一目朝日が覗いただけで曇ってしまった。車の少ないうちに出発しよう。といっても、もともと少ないのだが。燃料が残り僅かだった。大きな街でも一日中開いているスタンドがあるかどうか分からないが、ぎりぎりの距離で留萌に辿り着ける算段を付け、走り出した。給油ランプが灯ってから一時間ほど走っただろうか。道すがら目にしたガソリンスタンドはすべて営業前で、その内の一つに停車して開店を待とうかとも考えたが、事務所の入り口に立つ「本日定休日」の看板が、前の日の名残なのか、この日の為に置かれたものなのかが分からず断念。恐る恐る先へ進む。
六時半、何とか留萌に到着。セルフの給油機が一台だけ開店前にも使えるようだったが、その他の敷地に張られたロープを見て通り過ぎた。近くに止まって、朝食を摂りながら開店を待つ。読書。八時に給油をして東の内陸部へ進む。旭川でコーヒー屋に立てこもる。六時間。釧路、霧多布の記録がやっと半日分進んだ。買い出しを済ませて一七時出発。美瑛町へ。さっきまで朝だったと思ったら、もう西から陽が射しているのだった。そのセピア掛かった陽光に照らされて、窓の外に見えてきた鮮やかな緑の丘と赤い屋根、整った先細りの木々、その背後の青空を含めた一帯の風景が、まるで別の国に来たような感覚を起こさせた。オランダの農地を思わせるような、青々とした麦畑や丘に広がる野菜畑。行ったことはない。
夕暮れ前に辿り着きたい目的地があったのだが、少し車を止めて、何枚か写真に撮る。撮ったら急いで走る。目的地は「青い池」。不思議なことに投げ込んだ石が、池の中で沈んだり潜ったりするというあの美瑛町白金の「青い池」である。沈んだり潜ったりするのである。沈んだり沈んだりである。潜ったり潜ったりでもいいのである。あと青いらしい。
一八時半、森の中を貫く県道966号を駆け抜けると、林道の途中に大きく「青い池」と書かれた看板が立っているのが見えてきた。これは実に青そうだ。林の中の敷地に入ってみると、砂利の駐車場があり、そこから歩道が森の奥へと続いている。カメラを持って急ぎ気味に歩いていった。細い歩道は殆ど木陰になっており、池の縁に並ぶ木と木の間に柵が設けられている。奥へ進むと水面が見えてきた。白濁したような柔らかい水色に染まった水。何とも不思議な色をしている。五〇mプール程の広さの池で、歩道から斜面を数歩下がったところに波のない水を湛えている。対岸も此岸も鮮やかな木々に囲まれており、白樺の木肌の白と葉の緑が、水面の青を引き立てている。中には黄や橙に染まる木もあった。そしてまた印象深いことに、その青い池の中央に広く、立ち枯れの木々が白く風化した姿でいくつも立っていた。葉は一切無く枝は少なくなり、高いところが朽ちて割れたようになっているが、真っ直ぐに立ち続けているのだった。人も少なく、静かな場所だった。木々の間を移動しながら写真を撮り、奥へと進む。水の青い理由が、川沿いまで歩いたところの看板に説明されていた。美瑛川から流れてくるアルミニウムの成分が、この池の水質によって粒子状に溶け込み、太陽光を波長の短い青い色として反射するのだという。そしていよいよ、小石を拾って検証である。観光客の去った今が顰蹙を買わない好機。同じく投げ込んでいた小学生も保護者に咎められていたが、今がチャンス。意を決して石を投げ込むと不思議なことに、確かに石が沈んだり潜ったりしていた。
さて。森の向こうで夕日が沈んでいく様子が、木々の間から垣間見える。高台から夕焼けを撮影できるだろうか。車に戻って道も確かめずに走り出し、一目散にトムラウシ岳を目指して走った。距離に開きがありそうだと判断して止まる。引き返して十勝岳の中腹にある望岳台を目指した。はじめに時間を取ってでも確かめておくのが一番早かっただろう。急いては事を、だ。
森の中の、信号の無い交差点を山の方へ。斜面を回り込みながら上っていく。森の景色が晴れるまでは確信は無かったが、中腹まで上ってくると遙か遠くまで見渡せる広い景色に行き当たった。山の斜面を背に、足下から一帯に広がる森、遠くに農地、更に遠くには低い山々、そしてそこに掛かる雲が夕焼けの色。いい選択だったと振り返る。しかし少々遅かっただろうか、太陽はまだ見えるのだが、雲の色も空の色も随分と光の弱い朱だった。惜しかった。
先へ進むと十勝岳の中腹、望岳台の駐車場に行き着いた。一九時半。大きなレストハウスを建設中のようで、工事車両が止まっている。その他にも乗用車が数台止まっていた。車を止めて散策。暗い登山道が、山の方に向かっているのが見渡せる。振り向いても裾野を見渡すことができた。景色の開けた良いところだ。明日の朝が楽しみだった。看板を見ると近隣の山々との位置関係が載っていた。そして十勝岳が活火山であること、非常の際には避難することなども書かれていた。若干の緊張感を帯びた。
夕食中、近くに止まっている車から人が降り出して、星空を見て歓声を上げているのが聞こえた。昨日さんざん撮ったのもあって、直ぐに見る気にはならなかったのだが、二二時、一目見てみると「これは大変だ、撮らなくては」というほどの美しさ。急いで機材を準備して登山道を駆け上がり、山と森と天の川の配置を考えて三脚を据えた。そこから一時間。雲に覆われなければ終わり無く続けたであろう撮影を終え、眠る。