日本一周 [ 39日目 ]
なんて爽やかなのだろうか。窓から風と陽射しを取り込むと、あまりの心地良さに頬が緩んだ。
なんて爽やかなのだろうか。窓から風と陽射しを取り込むと、あまりの心地良さに頬が緩んだ。
ガラスの小さなボウルにはドライオレンジやビスケットやクッキー。木肌のカウンターで、
窓を伝う雨だれを
安住を捨て
青い蜻蛉が蝶のような羽使いで舞って来て、腕を差し出すと止まった。
海のまだ低いところに、銀河の形がはっきりと現れて観える。濃い紫の天の川
横一線、一八〇度の水平線に、白い灯台。西寄りは特に開けて、海と空だけが見えるかのようだった。心なしか、地球の丸みが水平線に表れている。
波際までの残り一〇数歩がどうにも恐ろしく、足がすくんだ。
心地よい陽射しと風の中を、四万十川の流れに沿って進む。山と川だけの穏やかな風景が続く。川が大きく弧を描いた一画に差し掛かると
強い風に、金色の穂波が大きくなびいている。大気の形をはっきりと表すかのように、大きな風の手が一撫で一撫で麦穂を倒して去る。しなやかに起きあがってはまた次の風に揺れる穂。擦れ合う音、勢いを増す風。
ーーーー…読者よ、いまありありと思い出し給え。
大塚国際美術館に行かねばならない。「いつか行こう」が早一〇年経っている。たぶんそのままだと二〇年になってしまうだろう。そしてそのまま行かずに一生を終える。
どこか聞き覚えのある、迫力のある女性の男声。きらびやかな衣装とあの独特の抑揚。
もう結論は出ていて、それを追認してゆくようなものだった。
素晴らしい。言葉が出ない。夢中で写真を撮った。
一枚ガラスの自動ドアで区切られた部屋があった。真四角の部屋の中には何も無い。白い壁。石で出来た腰掛けが部屋の壁を一周取り巻いている。異様な雰囲気
それでもまだ美しくて、写真を撮り続けた。ようやくそろそろ帰ろうかと思って機材を片付けたが、歩き出すとまた景色の変化に気づいて、カメラを向けた。
寝袋に入っていたことに気づくと、旅の途中だったことを思い出す。
菜の花、水仙、チューリップ、ミント、カモミール、芝桜のような花、カスミ草の類
読んでは閉じ、読んでは閉じ。
自分はもう別人のようだった。
下流の川が起伏なく穏やかに流れるように、武蔵野の風景も起伏なしにゆっくりと流れていく。
黄色の海のように咲いて、風に揺られていた。
重ね重ねお礼を伝えた。御二人の優しさと巡り合わせに感謝した。
その後は夕食の準備。砂浜で焚き火をしよう。
それでもその身体に順応して、両足の者と同じ姿勢で止まって、海を眺めていた。
銀色の海に青い雲の色が反映している。遠く青い水平線の間際の雲が晴れて、その表層が真一文字の金色に輝きだした。
どういうことだそれは。うーむ。
何も珍しいものはない。そのまま突っ切る。よく見直しても何もない。少し疑問に感じた。何を指した看板だったのだろうか。「珍しいものどころか何もないが」と思ったとき、その何もない範囲の異様な広さに気づいて驚いた。
書を取らないとすぐ獣のようになってしまう。行動の基準が生命の維持や快適さに傾く。この旅も数日で日常化し、当初の目的は薄らいできて、走行し、栄養をとり、夜には眠るということが、単純に繰り返し始めている。