六月一七日(金)晴
四時過ぎに目を覚ましたが、眠気がこの上なく強く、もう一眠りした。睡眠も、状況によっては最高の娯楽か。六時半起床。調べもの、朝食、寝具干し、布団干し、洗濯物、ピアノ、読書、昼食。機材や衣類を車に積み込んで、もう一度地元のコーヒー屋に行く。一一時。よく晴れて、寝具に陽が当たっている。心地よい。日傘など差して隣の駅まで歩いた。
昨日は気づかなかったが、値上げしたようだ。いくら高くなってもこの店には来るが。記録を済ませて読書。ノートを開くのが久しぶりだった。一五時、買い出し後帰宅。食料とドライフルーツ、ナッツ類を多めに。入浴、寝具と食料、履き物の積み込み、確認。仏間で手を合わせる。
一六時、父に見送られて出発。最後の行程だ。国道を北上してゆく。帰宅時間にはまだ早いが、車は多かった。北東にそれ、田園の間を走ってゆく。走り慣れた道ではないが、まだ地元という意識が大きかった。どうにか歩いて戻れる距離にいるうちは「今日も家に帰って眠れる」と心のどこかで思っているのかもしれない。
旅の最大の不幸は、屋根のないところで夜を明かすことではないかと思う。獣や魚、虫であっても、木立の陰や岩陰を選んで眠るのではないか。雨風を凌ぎ、外敵から身を守り、闇夜に放り出されずにいられる場所があるということは、生きるものの根元的な要求であるように感じる。帰る家があると思えるだけでも、心の支えになるものだ。旅の間は居心地のよい寝間を諦めて、代わりに宿をとるか、テントを張るか、車を寝床にするか、その他か。旅の目的ではないが、最重要の検討事項になる手段だろう。
川を越え、突き当たりの土手にさしかかった。今日の目的地、渡瀬遊水池。その土手の内側へと通じる道を探しながら、外周を走った。一〇kmも走ったかもしれない、随分と遠ざかってからようやく坂を見つけ、土手を越えた。芦の原が遥か彼方まで広がっている。その芦の間を走り、間を流れる渡瀬川の土手に上がって見渡すと、湿原と夏の雲が行き交う空の風景。雲間から、西に傾く太陽の光が真っ直ぐに地に注ぐ。虫と鳥の声に満ちていた。心癒えるような風景だった。
夕暮れの中さらに北上。のどかな田園風景が続く。日が暮れたころ鹿沼に差し掛かると、給油サインが点滅していた。ガソリンスタンドを探しながら走るが、ほとんどがもう閉まっているか、さびれて、もとい、田舎らしい閉店の仕方をしている。何軒回ってもこんな調子で少し焦ってきたので、車を止めてナビを使った。宇都宮方面に進路をかえて、町を探すと二〇時、一軒のスタンドで給油を済ませて一安心。さらに北上すること一時間半、日光市の藤原運動公園に到着。ちょうど球場のライトが消えるころだった。