ユーコン川 8日目

  9月1日(木) ユーコン川8日目
 地面が斜めで眠りにくい。夜中、近くでがさごそと物音が続いた。隣の誰かか?何をしているのか音で想像が付かないが。父が同様起き出してどうかしたのかと訝しむ。手を洗いに外へ出たら狐がいたという。疲れと到着に油断をして、箱に入れて捨てる前だった空き缶やビニル類を荒らしに来たようだ。人に馴れてしまっていて、追い払おうとしても周囲をうろうろと逃げて行かなかったらしい。不要のものを小屋横のごみ入れに。
 10時に起きる。水道というものがあるので顔など洗いに。柔軟をし、寝具を日に干し、焚き火湯沸かし。父は朝食に珈琲、トーストしたパンとハム。
 残りの食料を並べて記録した。米2食分、袋麺4個、即席味噌汁2個、ハム・ソーセージ・挽肉、キャベツ、スコーン1個、パン2個、各調味料、御茶・珈琲類、ナッツ半量約750g。ガス缶1個の半量ほど。
 今日の荷づくりは陸路向きに。ドライバッグを全て空にし、キャリアーやバックパックに詰め直してゆく。2日後の航空機搭乗も見越して進める。寝具やテントも畳んで詰め込み。バレル、クーラー、ライフジャケット、パドルやバッグ、川の道具はカヌーに入れて。
 12時、カナダ・スイスのチームが到着、挨拶に来てくれた。ハイキングは焼けた倒木が多く、足の上げ下げ乗り降りが交じり苦労したという。互いの労を労い、今後の予定や宿泊先を伝えて別れた。
 13時。荷づくりが済んだらその後は細々燃える焚き火を見つめて過ごす。下流のすぐそこ、先住民の村を見に行こうなどとは考えもしなかった。曇り空の下変わらず静かに流れる川を、岸辺に下りて見渡す程度。寒かった。燃え尽きた魂には尚のこと染みるのだった。
 14時過ぎ、ぼんやりと待ち1時間以上。白い車が駐車場に入る。開いた窓から声が掛かる”Are you ——-pou!?”
「なんてー!?」”ARE YOU WAITING FOR KANOE PEOPLE!?”「そや-!」迎えの車がやって来たようだ、よかった。
「KP」のロゴ、10人以上も乗れそうな大きな車が、後退しながら野営地に入る。ばたむとドアの閉じる音、「カヌーを積むの、手を貸してくれる!?」運転席から大柄の中年女性が降り立ち颯爽と歩み寄る。「空っぽにして逆さで車の上に載せるから、二人で左右を持ち上げて!」あっという間に車の後部の梯子を登り、荷台の上で縄を伸ばす。川の道具を地面に置いて、カヌーを返して舳先の左右を二人で掲げた。それを受け取り荷台に引き上げ、てきぱきと音がするほどてきぱきと、前後緩み無く縄で固定、早技に二人見上げて感心していた。
「荷物はどこでも好きに積んで!あなたは前に座ればいいわ!」借りた道具を運転席の背後に置き、自分らの荷物をドアの付近に据え、父は荷物の後ろの座席に、自分は言われた助手席に掛ける。別のツアーに貸した備品も拾って帰る予定だそうだが見当たらず、スコットに電話をしていた。「諸君ら、洗濯機に使う1ドルコインを持ってはいまいか」と紙幣を掲げる旅の紳士があった。すぐに応じる運転手、「ちょっとわたし持ってたりして!いいえないわ!」一同携えず、売店頼みか、川でたらいで。
 14時半、カーマックスの野営地を出発。「わたしはマクシーン!」「***ですよろしく」「***?!なんと綴るの?!」「******、”なにさらしとんじゃわれ”みたいに」「”なによあんた!” “人間じゃ文句あるか!”って感じね!」「”マクシーン”という方には初めてお会いするのですが、なんと綴りますか」「あらそうなの?!M-A-X-I-N-Eよ!」「何か意味が?」「そりゃあなた”最高”だわよ!」「ああMAX、なるほど」
「皆さんわたしはですねえ、お腹が空いてるのよ!今食べたいものは何?!」「それは今極めて重要な問題です」「夕食が楽しみね、2時間で着くわ!運転は上手いから、安心して昼寝してちょうだい!わたしは最近エアフライヤーを買ったのよ!それにスパイスを振ったポークチョップを入れれば揚げずにこんがりオイシーヘルシーなのよ!ああお腹空いたわ!」「そんな調理器が?!」戦闘機のような名前だなと、調べてみると”ノンフライヤー”のことだった。立場が逆なら”揚げ機無い”って何よって話。この辺りの通称の言い換えや言い回しで、疎通の食い違いがままある。その製品名に”NINJA”と書かれていたりする。手裏剣でも飛んできそうな調理器だ。”手裏剣”もなぜか”Chinese-star”。調理例の「画像はイメージです」って、英語にすると途端に押し問答か哲学になる。そりゃあ確かに”画像は画像”だ。
「それとカーンジャックヌードル、ヘルシーなのよ!芋から出来ているらしいのだけど!」「コンジャク?」どんなものかと綴りを聞いて調べてみると、やはりかまさかのこんにゃく麺。KONJAKU NOODLE。そのほんまもんを画像で見せると「ふーむなるほど興味深いわ!」と、まるで石盤か庭石でも眺めるようであった。「サーモンは食べた?!」「はい、バンクーバーで着いた日に」鱒だったかな?「刺身でも美味しいのよね!アボカドと合わせて出したり!」「生でもお召しに?!」「ええわたしも大好きよ!バンクーバーにカクタスクラブってレストランがあってね、そこの調理がすごく良かったのよ!」さぼてんクラブ、メキシカンだろうか。
 屋根壁がある、座席も快適、背もたれも有る、パドルも要らない、タイヤまである。身じろぎひとつ必要ないまま、快適便利な「車」と呼ばれる乗り物に乗る、活力ついえた重い抜け殻。久しぶりに聞き慣れた走行音が落ち着くのは習い性か。7日掛かって着いた場所から2時間で戻る。やはり旅情に欠けるものだが、唯一帰りの交通手段でありがたい。
 周囲の景色は丘と山と、湿地と草原、川か沼か池か湖。誰もいない真っ直ぐな道を、すいすい進んで、ごとごと揺られて、只座っているだけで良く、目をつぶっても良し。
 なるべく会話をと思っていたが気づけばうとうと眠りに落ちて、山河の景色は街中へ。「荷物もあるし、ホテルに直接送りましょうか?!」嬉しい申し出。
「道中会いませんでしたが、今季は日本人の旅行の方はいましたか」「そうねえ!KATSUが今トロントにいるのだけど、よく手伝ってくれているから。TOMO NODAも知っているわね?!」「もちろん、父も愛読していて」「彼とはいつも家族同士で食事を囲んだり出かけたりしたわ、この前亡くなってね、ああ残念だわ」
 こんな身近に、会ったこともないあの本の著者の、近しい人の話を聞くとは。野田氏は実在したらしいのだ。これが、彼の北極海への旅の本の中で語られていた”モカシンテレグラフ”の一端か。ーーー川往く人々、出会う相手の互いの話を行く先々で伝え合う。それでその先何km先でも出会う相手に「お前いついつどこどこで誰それかれそれを口説いていただろう」などと言われる。ーーー
「ラバージュ湖で、古い村の丸太小屋をいくつか見たでしょう!」「はい、立ち寄りました、とても美しい場所でした」「母があの村の出身なのよ!」「えええええ!!!!!」
 あまりに驚いてそれ以上の言葉も質問も浮かばない。アメリカ先住民、古称インディアンの末裔が、今我らを乗せて車を駆っている。父に告げるとそれはそれは驚いて「ああ自分で会話が出来たなら!」と口惜しがっていた。
 あの第一夜の村での貴重な経験が、一層身近な、より克明な、更に貴重な一晩に変わった。本当に人が住んでいたのか。今に地続きの歴史の中で。銀色髪の、いわれてみればその面影を思わせる風貌で、今、直に言葉交わしているその相手が、一親等に血を受け継いで伝えている。
 水の行き来、人の往き来、生命の行き来、魂の行き来。その精妙な循環を、巡り合わせを想わずにおれない。水の惑星、その壮大なモカシンテレグラフ。
「息子がTOKYOに行きたがっているのよ!車のデザインや開発に興味があってね!」「へえええええ」「あなた英語達者ねえ!」「実はかつてカナダで過ごしたもので。でもまだまだ難しいです」「何が難しいのよ?!」「想いの深みの交流は」
 本意でないのか謙遜なのか、そう望んでいるのだろうか。たぶん言葉の壁ではない。心の壁だ。「どこを旅したの?!」「陸路バンクーバーからP.E.I.まで、その後トロント、ロッキー山脈です」「P.E.I.には家族で住んでいたわ!」「へええええ!」「トロントは好き?!」「ええまあ」「わたしは好きでないわ!」「それはまたどうして」「自然が足りないわよ自然が!」「なるほど、分かります」「その点P.E.I.やバンクーバーは良いわ!」「それじゃあユーコンは最高ですね」
 受け継がれた生き方のパターンなのだと思う。こどもは必要な経験を与えられる両親の元に宿る。彼女はどんな経験を与えられたというのだろうか。どんな経験を与える親であるのだろうか。
 我が家でハッピーセットなど1度か2度であったと思うが、海・山・川での夜や焚き火や、炭火で焼いた釣った魚や、山で集めた山菜、海で拾った貝や貝殻、まるでおとぎ話の世界のような草木や花や虫や獣を、目にする機会は毎週毎夏、好きなだけあったし、今でもある。無邪気な頃にはハッピーセットを求めもしたが、そんなものでは得も失いもできないものを、ありがたいと思いもせずに与えられた。それで今また貴重な機会を、旅する理由を与えられている。
 ホテルに着く。再び同じ、KPのそば。降りたマクシーンがホテルの中から荷運びのカートを持って来て、荷物を積んでくれた。ありがたい。「会えて良かったわ、気をつけてね!」「どうもありがとう、皆さんによろしく」久しぶりの、カナダ訛りの温かい会話であった。
 16時半、チェックイン。今度は二晩、ゆっくり休める。荷物を運び、カートを戻し、部屋に戻って倒れる前に、すぐ使うもの、充電するもの、洗濯するもの、整理するもの。バスルーム、水道というものから湯を出してみると充分熱い。早速栓をし湯を張り始める。
 ようやくくたばってもよいと知ると、思う存分身体は疲れを訴えた。立っているのも座っているのも横になって休んでいるのも、どんな姿勢も疲れて苦しい。
 恨まれてでもいるように、全身を痛みが行き渡り、疲れでそれすらぼんやりとしか感じられない。暑いのか寒いのか分からない。頭が痛い喉が痛い口が痛い首が痛い肩が痛い腕が痛い手が痛い指が痛い背中痛い脚が痛い足も痛い火傷に火傷に火傷に身に覚えのないあざが沢山。過去一番につらかった経験を思い出すが、武道全盛期の夏合宿より苦しいと思う。よく父は無事でいたものだ。
 そこを何とか18時。そこを何とかぜひ入浴を済ませたい。回らぬ頭で、ふらつく足で、浴室に行き、服を畳んで身ひとつ。光に反応するのが苦しい。明かりを消して湯船に身投げ、心中入水。シャワーカーテン、水死体のごとくにほうける。ああ、来てしまった極楽極楽。
 さぞ心地良いだろうと思いきや、浸かっているのすら苦しかった。もう平熱以上の熱が出ていて、湯の熱にまで対応できない。水を足しつつ身を削ぐほどに禊ぎ清める。ボディーソープ、ハンドタオル、肌をこすり、全身くまなく。髪を洗い、剃刀を使う。湯を抜いて、冷水を浴び、浴槽を洗い、再び栓をし、湯を張り始める。
 19時半、大きなバスタオルがありがたい。よく拭き乾かし、楽な格好で浴室を出る。一人には広いクイーンベッド。乾いていて、清潔で、柔らかくて、枕が沢山、掛け布団にシーツまである、それも当たり前に平らな場所で。当然屋根も壁もある。スイッチひとつで明かりも自在。暖房もある、冷房もある。
 倒れ込む。うう。
 ようやく着いた人心地。
 枕元にはバッテリーを換え、レンズを外して軽くしていたカメラ本体、充電途中のスマートフォン。写真の整理をしておきたい。20時から3時間、あんな場所があったこんな場所があった、あんなことがあったこんなことがあったと、乗り越えてきた道のりを思う。
 23時、柔軟をして眠った。