日本一周 [ 82日目 ]
いよいよ旅が終わる。明日の今頃は家だ。感慨に浸りたいところではあるが、ひと心地着いてしまう前に
いよいよ旅が終わる。明日の今頃は家だ。感慨に浸りたいところではあるが、ひと心地着いてしまう前に
眩しいほどの菜の花畑。敷地の向こうの緑の丘と明るい空が対比を成す。ミツバチの羽音も
セピア掛かった陽光に照らされて、窓の外に見えてきた鮮やかな緑の丘と赤い屋根、整った先細りの木々、その背後の青空を含めた一帯の風景
最北端の街で、殆どどこででも出来るようなことに時間を費やす。どこででも生きていけるのではないかと
全く奇跡のような、しかし当然のようでもあった出会いの様を
刻々と変わってゆく雲の配置や光の加減に気の休まる暇もない。数十枚立て続けにシャッターを切り
そして実際ここにまた来てみても、何の感慨も無かった。未来への希望は記憶以上に当てにならない。来たいと願っておりながら来てみれば何の感慨もなく、「晴れなくて良かった」などと言い出す
心臓が止まるような心持ちがした。
広々とした風景の中を、かつての自分の記憶と擦れ違いながら進んだ。
面白過ぎはしないだろうか。
残念の雰囲気で満たされている。
若い男女が肩を寄せ合って泣いていた。
旅の最大の不幸は、屋根のないところで夜を明かすことではないかと思う。
一歩外に出るとその場に座り込んで、こみ上げる安心感にしばらく
今まで見てきた風景の総てが、ほんの半世紀前、焼き払われるか否かの剣ヶ峰に立った
こんな設備で出来るものだろうか。
今も絶えず動いている。この記録を書く前も、書いている最中も、読み返すときも。
立ち止まって静かに視線を上げている人は皆そうだろう。反対に、地元の人々や橋の手すりに集まる雀は慣れたもの
目の前に一〇万年があった。製作期間一〇万年、未だ未完。
ということで山口県美祢市の秋吉台に到着。
しかし、あの時あの場所から、こちらを眺めた時のことをよく覚えている。
風まで持ち帰れたらと思わずにいられない。いずれまた来よう。
川の上流はないのに、来た道の方ではもう川の水音
釣瓶の残る井戸端に紫陽花、ポンプ式の水場も複数。木枠の格子が面構えの古い家々。蔦が張り、打ち捨てられた家も
「参拝者帳簿」が開いたまま置いてある。月日、氏名、市区町村、備考。北海道から東京、地元の人など様々な土地から、それぞれの理由で参拝した人たちの名があった。日本一周、縦断、徒歩…。
野うさぎ、二匹目、たぬきのようなもの、そして四つ足でうごめく何か
一人息子を戦争に取られて、あの松林で亡くしたということです。それで一目その地を見に
一ヶ月間に使用した「薬の包装袋や空ボトル」などを集めて入れたというガラスケースが展示されていた。とてつもない量に目を疑う。
ふと祠の横の、森に続く道があったような気がして、もう一度階段を上っていき、薄暗い脇道を進んでみた。鬱蒼と茂った木々の間に、確かに土肌の道が
一〇〇mほどもある施設の端から端まで、書棚と、その中に本がずらりと並んでいる。